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2015/11/08

誰かを特別に思うことがわからない女の子と初めて誰かを特別に思うことを知った女の子の、多分やっかいで、とても大切な百合恋の物語 仲谷鳰『やがて君になる』第1巻

『やがて君になる』第1巻

 ずっと特定の誰かを好きと思うこと、誰かを特別に思うことがわからないままの女の子と初めて特定の誰かを好きと思うこと、誰かを特別に思うことを知った女の子の、多分やっかいで、とても大切な恋の話。『やがて君になる』はそういう物語だと思う。

 最近は一般マンガ誌でも百合マンガを連載するようになって大変喜ばしいという話を4月にした際、「4/27発売の6月号から始まる新連載ラッシュの中に百合マンガと思しき作品があるなど、『電撃大王』は雑誌として百合マンガへ回帰しているように見受けられる」と書いた。『やがて君になる』は「百合マンガと思しき新連載」のひとつに当たるが、まさかここまでガチ百合路線で攻めてくるとは思っていなかった。過去の連載作では『リコとハルと温泉とイルカ』(ヒジキ)もかなり百合度が高かったけれど、いわゆる百合恋を主題にしたマンガは少なくともここ何年かでは『やがて君になる』を置いて他にないと思う。

 そんな本作は「少女漫画やラブソングのことばはキラキラしてて眩しくて/意味なら辞書を引かなくてもわかるけどわたしのものになってはくれない」(p.2)という主人公の独白から始まる。新入生として高校に入学したばかりの彼女、小糸侑はひょんなことから生徒会の手伝いをすることになるが、屋外にある生徒会室に向かう道中で男子生徒が女子生徒に告白している場面に出くわす。誰に告白されても付き合わないと告白を断った女子生徒、優等生然とした彼女こそが一学年上の先輩にして生徒会役員、そしてヒロイン(という言い方が正しいのか?)である七海燈子だ。

『やがて君になる』第1巻pp.32-33

 侑には中学で仲の良かった男友達がいて、卒業式ではその男友達から告白されていた。それを保留していた侑は燈子が告白を断る理由が「今まで好きって言われてどきどきしたことない」(p.20)からだと知って親近感を覚え、燈子に相談を持ちかける。その会話の最中に当の男友達から電話を受けた侑は燈子に勇気をもらう形で告白の返事をするのだった。
 ところがその直後、侑は燈子から「私、君のこと好きになりそう」(p.46)という愛の告白を受ける。「この人が何を言っているのかわからない」と侑は思うが、恐らく読者もこの人が何を言っているのかわからない。なにこれどういうことなの……?

 本作のおもしろさは、いかにも一般庶民の家庭に育った普通の子っぽい侑が恋がわからないなどという非常にドライなことを言っている一方で、いかにも優等生で常識人っぽい燈子が侑に入れ込むあまり生徒会長選の片棒を担がせたり路チューしたりと突飛な行動をするという、ギャップと温度感の差にあると思う。特に燈子のチョロさといったらもうない。侑と出会って以降の燈子はもはや完全に恋する乙女というか、恋する男子中学生のよう。例えばp.115の次の場面。

『やがて君になる』第1巻p.115

 お金がなくて飲み物を買えなかった侑に燈子は飲みかけの缶ジュースを差し出す。侑がそれを一口飲んで燈子に返すと、燈子は飲み口を眺めた後に再び缶に口を付け、そして頬を薄い朱に染める。間接キスを期待して自分のジュースを飲ませたり、それを意識して赤くなるとか中学生かよ! しかもこの人それより以前に侑に路上でキスをかますなどもっと大胆なことしているんですよ? なんなのこの先輩まったく読者を萌え殺す気か!
 そんな燈子はどうして侑に惹かれたのか、侑のどこに惹かれたのか。前述の「私、君のこと好きになりそう」(p.46)という燈子の告白は侑も意味がわからなければ読者も意味がわからなかったが、それは燈子自身がわかっていなかったことが2話以降で綴られている。そこに至ってようやく気づくのが、誰かが誰かを特別に思うこととは、誰かが誰かを特別に思う瞬間とは、といった恋のなれそめが本作ではとても丁寧に描かれていることだ。確かに燈子の恋は突然始まった。一方で、侑の恋も燈子の恋に巻き込まれる形で始まろうとしている。もう誰かを特別に思うことを知らない女の子はいない。ここにいるのは誰かを特別に思うことを知った燈子と、誰かを特別に思うことを燈子を通じて知り始めた侑だ。ふたりの恋は多分やっかいで、そしてとても大切なものになるだろう。

『勇者は三回世界を救う』

 うちには作者が以前COMITIA104で頒布した創作同人誌『勇者は三回世界を救う』がある。それは勇者が魔王を倒しても魔物が消えなかったことを巡る、ある意味RPGによくある「魔王を倒すと平和になる」設定を逆手に取ったマンガだったが、10数ページと短いながらも非常に皮肉とユーモアの効いた物語になっていた。そんな作者が描くやっかいな百合恋マンガがおもしろくないわけがあるだろうか。
 侑と燈子の始まったばかりの恋は前途多難そうだし、上では触れられなかったが燈子の親友であり生徒会の仲間でもある佐伯沙弥香は燈子を想っていそうだし(三角関係!)で、まったく続きが楽しみで仕方がない。直球の百合ももちろんいいけれど、こういう面倒臭そうな百合もやっぱり読みたいんだよ!

【出典】
・仲谷鳰 『やがて君になる』第1巻、アスキー・メディアワークス<電撃コミックスNEXT>、2015/10/27発行
やがて君になる / 仲谷 鳰 - ニコニコ静画 (マンガ)→現在3話まで公開中
におのす→作者のサイト

【関連記事】
例えば今年に入ってから単行本が出版された『小百合さんの妹は天使』や『ふたりべや』のように、専門誌ではなく一般誌で連載される百合マンガが増えてきたのはこの流れが定着してきた証拠じゃないかと思うので、少し考えてみた。

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