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2015/08/10

無数の畳部屋に迷い込んだふたりの女子大生の冒険、それは上質なSFマンガであり人生を巡る物語。 たかみち『百万畳ラビリンス』

『百万畳ラビリンス』

 百万畳ラビリンス。「百万」は一般的にはきわめて大きな数のたとえ。だがこの物語においてそれはたとえでも何でもなく、主人公たちの目の前に事実として広がる無数の畳部屋と無秩序な間取りで構成された迷路のことを指している。『百万畳ラビリンス』は百万の畳から成る迷宮に入り込んでしまったふたりの女子大生が「道」を探すSF冒険物語である。

 RPGであれば『ウィザードリィ』や『ゼルダの伝説』、アクションゲームであれば『迷宮組曲』や『アトランチスの謎』など、モンスターを倒したりアイテムを集めたりしながら迷宮を探索するゲームは枚挙に暇がない。プレイヤーは――ゲーム世界に生きる主人公からすれば――絶対の安全が保証された世界に身を置きながらゲームの主人公を操って迷宮をさまよう。主人公はしばしば生命の危機に見舞われながらモンスターと戦い、迷宮を脱出したり財宝を手に入れたり姫を助けたりする。たとえ主人公が志半ばに倒れても現実世界にいるプレイヤーには何のダメージもなく、せいぜい攻略できないイライラが募ったり時間を無駄にしたと嘆いたりする程度だろう。そう、通常は現実のプレイヤーとゲームの主人公はイコールではない。だが、『百万畳ラビリンス』で夢とも現実ともつかない迷宮を冒険するのは生身の身体を持つふたりの女子大生だ。

『百万畳ラビリンス』上pp.10-11

 『百万畳ラビリンス』の主人公は女子大生の礼香(れいか)と傭子(ようこ)だ。ふたりは同じ部屋に住むルームメイトであり、「クラインソフトウェア」というゲーム会社でデバッガーとして働くバイト仲間でもある。特にメインの語り手となる礼香はゲームに意図せず埋め込まれた珍現象、いわゆるバグと呼ばれるものを見つけることを得意とし、また生きがいにしていた。

『百万畳ラビリンス』上p.13より床の間の小便器

 そのふたりがある日突然、無数の畳部屋と廊下の続く迷宮に投げ込まれたところから物語は始まる。そこは普通のアパートの普通の和室のようでありながら、それらが物理法則を無視して縦に横に連なる世界。そこはひとつひとつはまともな間取り、ありふれた備品でありながら、それらが意味も秩序もなく配置された世界。そこは奇妙な佇まいをしたアパート(と言っていいものか)以外は地平の果てまで森が広がる世界。ふたりは自分たちの置かれた状況が尋常ではないことに気づき、迷路からの脱出――あるいは攻略――を目指して行動を始める。ふたりの前に現れるのはデュシャンの『泉』さながら床の間に配置された小便器、エッシャーのだまし絵を具現化したような現実にはあり得ない無限回廊。そこはゲームの中の世界であれば隅々まで探索したくなるような魅力あふれる迷宮だった。

『百万畳ラビリンス』上p.28より無限回廊

 ただ、そこはゲームの世界でもなければ、理解可能な論理の下に構築された世界でもない。礼香と傭子が迷い込んだ世界は論理も整合性も壊れた世界、ゲームで言えばバグった世界だ。それはファミコンの『スーパーマリオ』で言えば壁をすり抜けた先にあるマイナス面、同じく『ドルアーガの塔』で言えば面セレクトで行く60階を超えた61階と同じ類いの世界だ。ゲームのシステムに穿たれた陥穽、開発者が予期しなかった動作。礼香と傭子はそんなバグった世界を冒険しなければならないのだった。そこで頼れるのは己の腕と知恵と相方だけ。バールのようなものやちゃぶ台を便利なアイテムに変え、先人の残した書き置きの秘密を追い、空間を「食べる」モンスターと対峙する。迷路が迷路を呼び、謎が謎を呼ぶ世界で礼香と傭子が行き着く先は――。

『百万畳ラビリンス』上p.143より第8畳扉絵

 もし『百万畳ラビリンス』の世界に迷い込んだら、はたしてふたりのように冒険することができるだろうか。そんなことを考えつつ自分はこのマンガのページを繰った。細身でコミュニケーション不全である礼香はゲームだけが社会との繋がりであるかのような存在だ。無限に続く畳の迷路を臆せず開拓し、実験と称して突飛な発想を実行に移しては無秩序の中に秩序を見出す。一方、大柄で現実的な思考をする傭子は普通のゲーム好きで、おそらく読者の大多数に近い存在だ。ときに常軌を逸した言動をする礼香を窘め、ただひたすらに自分たちの無事を願い迷宮からの脱出を望む。はたして自分は礼香のようにとんでもない世界での冒険を楽しめるだろうか。はたして自分は傭子のように狂った世界でも希望を捨てずにいられるだろうか。
 このマンガはとてもおもしろい。それはこのマンガに描かれた百万畳の世界がかつて何かのゲームで見たバグを体現したかのような世界であり、いつか行ってみたいと夢に見た摩訶不思議な世界だからだ。それは礼香が天賦の才で常人には思いもつかないような攻略法を見つけ、傭子が混沌とした非現実的な世界でも自分たちの知恵と勇気に一縷の望みをかけたからだ。それらが相まってこのマンガをこの上なくドキドキワクワクする探検物語にしている。他に類を見ない設定とキャラクターが先の読めない展開を生み、ページをめくる手を止めさせない。『百万畳ラビリンス』はとてもおもしろい。

 このマンガで礼香と傭子は迷宮の出口へと続く道を探す。それはとりもなおさず彼女たちがこの先進むべき道、進みたい道を探す旅だ。『百万畳ラビリンス』は上質なSF冒険マンガであると同時に人生を巡る物語でもある。
 畳やゲームというひとつひとつは小さな世界。ちゃぶ台やスマフォというごくありふれた身近な道具。ゲーム好きの女子大生。それらを奇想天外な想像力で結びつけ、『百万畳ラビリンス』という物語に仕立て上げた作者にはもう敬服するしかない。

【出典】
・たかみち 『百万畳ラビリンス』上、少年画報社<ヤングキングコミックス>、2015/8/24発行
・たかみち 『百万畳ラビリンス』下、少年画報社<ヤングキングコミックス>、2015/8/24発行
百万畳ラビリンス - pixivコミック→試し読み
TAKAMICHI HOMEPAGE→作者のサイト

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