商業単行本1巻と未収録分を収めた待望の完全版が同人誌として登場! 双子がいるカフェを舞台にしたほんわかおもしろくて泣ける4コママンガ WATTS TOWER『少女カフェ complete version』
こんなカフェがあったら通いたいランキング1位! 5歳の双子の少女「つくし」と「みお」がお父さんとともに切り盛りするカフェ「サンフランシスコ」を舞台にした4コママンガ『少女カフェ』。商業単行本1巻の発売から4年、マンガの完結から3年近くが経ったが、単行本2巻が残念ながら発売されなかったため1巻以降最終回までの話は長らく読めないままとなっていた。けれど、それも今日までの話。『少女カフェ』は未収録分だけでなく、単行本1巻収録分も含めた完全版の同人誌として帰ってきてくれた。いったいこの日をどれだけ待ちわびたことか!
以降ではネタバレを含みつつ『少女カフェ』の魅力について書いていきたい。
ここはカフェサンフランシスコ お父さんの時任一郎と5歳の双子つくしとみおの3人でやっています(p.5)
そんなト書きから始まる『少女カフェ』は5歳の双子が看板娘として父の経営するカフェを手伝う様子を描いた4コママンガだ。一郎の妻であり双子の母親でもあるマチコはカフェのウェイトレスをしていたが、物語が始まる1ヶ月前に病のため若くして亡くなっており、双子はその意志を汲んでカフェを手伝い始めた形である。小学校に上がるまでの期限付きとはいえ、人件費がかからず、幼稚園の送迎で手も取られず、なにより一郎を寂しがらせることがない。5歳の娘たちはそんな想いから自ら志願してウェイトレスとなったのだった。母親に似たしっかり者で商才あふれる姉のつくしと父親似のおっとりさんでドジっ子天然芸の映える妹のみお。その姉妹が一郎とともにカフェで働き、古くからの常連さんや新しく常連になったお客さんと仲よくなり、少しずつ少しずつカフェの店員らしくなってゆく。そんな彼女たちの姿は本当に尊くてゆかいだ。
このマンガのおもしろさは単に5歳の幼女がカフェでウェイトレスをしていることだけにあるのではない。各回の一連の4コマと各回同士はストーリー4コマらしく物語として有機的に繋がっている。例えば、常連のひとりで、マチコと一郎共通の友人でもある葉月がみおに仕事を尋ねられるエピソードがある。
広告のコピーライターをしている葉月は「商品の魅力を言葉にして広告を見た人に『欲しいな!』と思わせるのが仕事」(p.25)とその内容を説明する。
するとその回の終わりの方ではつくしが店を後にしようとする葉月にカフェの宣伝をするのだ(p.28)。葉月の仕事を聞いたのはみおだけれど、宣伝文句を言うのはつくし。雑談で情報を引き出したみおとそれをカフェの経営に反映させるつくしのコンビネーションが実に頼もしい。
さらにこの話はそれだけで終わらない。次の回になるとつくしはお客さんの様子から商機を見出し、お客さんが(無意識に)欲しがっていた言葉で見事に注文を獲得している(p.36)。まったく末恐ろしい娘っ子だ。
このようなエピソードがこのマンガでは枚挙に暇がない。一郎や常連さんといった大人たちの些細な言葉や出来事を双子の子どもたちは飲み込み、ときにはとても5歳児とは思えないようなひらめきや行動力を見せ、ときには5歳児らしい素直さとあざとさを見せる。その意外性とギャップ、垣間見せるかわいらしさが『少女カフェ』のなによりの魅力だ。
また、そういったおもしろさの隣にある悲しみもまたこのマンガの魅力のひとつだろう。なにしろ双子と一郎は母であり妻であったマチコを失ったばかりである。悲しくないわけはなく、寂しくないわけはない。実際、双子と一郎が亡きマチコを思い出してしんみりしたり泣いたりする場面が作中では幾度となく描かれている。
だが、そこに暗さはまるでない。それは双子が母であるマチコをいつも覚えているからだ。一郎が妻であり仕事仲間であるマチコをいつも想っているからだ。葉月が友人であるマチコをいつも双子や一郎に語っているからだ。マチコは彼らの中に今でも息づいている。
そして、それらを描いたエピソードのなんと美しいことか。それは比喩でも彼らによって記憶が美化されたという意味でもなんでもない。
「ずるはダメよ葉月 自力でつかみ取らなきゃ!」(pp.216-217)
「軌道なんてないと思うよ 何が起きるか分からない でもそこを楽しまなきゃ!!」(p.248)
前向きでしっかり者だったマチコは死してなお双子や一郎、葉月たちに発破をかける。マチコと過ごした時間と記憶が双子や一郎、葉月たちを前に進める。
それはとりもなおさず読者へ向けられた言葉でもある。マチコの言葉を背に受けた双子や一郎、葉月たちの姿を見ると自分が背中を押されたような気分になる。マチコの言葉が体に染み渡り、まるでカフェの常連になったかのような、まるでマチコの友人になったかのような、まるでマチコの家族になったかのような気持ちになる。語彙が不足しがちのため、これを喩える言葉が「美しい」というよりほかには思いつかない。
『少女カフェ』は前述のとおり単行本2巻が発行されなかったが、物語の最終回まで描かれたことは僥倖だった。なぜそうであるかは作中の時間に注目する必要がある。実のところ『少女カフェ』は約3年の連載期間中に作中では3回季節が巡っている。当初5歳だった双子はとっくに小学校に上がっていないとおかしい計算になるが、季節が変わり新しい常連さんが増えても双子は身体的には成長しない。まるで時間が過ぎるのを拒むかのように双子は年を取らない。
それが明確に変わるのは最終回より3回前の話だ。「2人ともちょっと大きくなったんじゃない?」(p.231)という葉月の双子へのセリフを皮切りに『少女カフェ』の止まっていた時間が流れ始める。
そう、『少女カフェ』の世界では時間は止まっていた。正確には双子が5歳の時代を繰り返していた。元々サザエさん時空として描いていたのか、作者がある意図をもって時間を繰り返させていたのかはわからない。わからないが自分は後者だと思っている。それはこのマンガが双子が、一郎が、葉月が未来へ進むために必要な時間を描いていると考えたからだ。自分が助からないことを悟ったマチコは言う。
「好きなことやりたいことを見つけたら それをやること できるだけ早く 自分のためでいいの そのためにあなたたちは 生まれてきたのだから」(p.251)
最終回では18歳になった双子が描かれる。5歳だった時間から18歳の時間へ。そこでは双子はマチコの言葉どおりそれぞれの興味関心と特性に合った道へ進んでいることが語られる。ふたりの選んだ道が「カフェ」の仕事に関わったものであることは両親の背中を見て育ったからであり、カフェがなによりも好きだからだろう。そしてまた、一郎も葉月も等しく13年分の年を取った姿で描かれる。そこでは一郎はマチコとの思い出が詰まったカフェを葉月やたくさんのお客さんに支えられながら続けていることが語られる。彼らは今日も明日も何が起きるか分からないけれど、幸せを自力でつかみ取り、またつかみ取ろうといるのだろう。
そこへ至るまでに必要な時間が3回に渡り繰り返された双子が5歳の期間だった。ひいては読者に寄り添い読者の力となるまでに必要な時間が3年という期間だった。物語が読者の背中をゆっくりと押し、読者の確かな支えとなる。それを僥倖と言わずに何と言おう。
つくしとみおがかわいい。一郎が間が抜けていておもしろい。上記で触れる機会はなかったが、葉月の独り身ネタが突き刺さる。マチコと今でも繋がる家族の絆に涙腺が緩む。ほんわかおもしろくて泣ける『少女カフェ』はまさに名作4コマのひとつだと自分は思う。『少女カフェ』の魅力を書くと言っておきながら葉月以外の常連さんには触れていないし一郎を取り巻く恋にも言及していないし、ここまで書いてもこのマンガのよさを10分の1も語れた気がしない。それほど『少女カフェ』は魅力にあふれている。
最後に。つくしとみおの名前の由来になっただろう「みおつくし(澪標)」とは河口の浅い部分を避けるための船の通り道を示す標識のことだという。お互いの存在を道標にそれぞれの行きたい道を歩んで欲しい。双子の名前に込められたマチコの望みと願いはそのまま作者が読者へ向けた餞だと思う。夭折したマチコは一郎とずっと一緒に居たいと望み、そのために「周りに居てくれる人たちにその幸せを還そうね」(p.173)と言った。『少女カフェ』を読んで心が温かくなったらその幸せを周りに居てくれる人たちへ還そう。それこそが『少女カフェ』を読んだ者が作者に対してできる唯一の返礼ではないだろうか。だから是非『少女カフェ』を手にとって読んで欲しい。そして生まれたぬくもりを周りの人たちに伝えて欲しい。願わくはその連鎖がずっと続くことを。
【出典】
・板倉梓 『少女カフェ complete version』 WATTS TOWER、2015/8/30発行
・新刊告知 / とら / ZIN
・WATTS TOWER
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