我々は今、ひとりのおねえちゃんとひとりの女子高生がそれぞれの百合恋に落ちる瞬間の目撃者になる。 伊藤ハチ『小百合さんの妹は天使』第2巻
おねえちゃんの小百合は13年間生き別れだった妹の美琴を妹以上にかけがえのない存在として意識し始める。2巻から登場した女子高生の姫子はボーイッシュな男鹿を男と勘違いして一目惚れする。『小百合さんの妹は天使』2巻を読む我々は今まさにひとりのおねえちゃんとひとりの女子高生がそれぞれの百合恋に落ちる瞬間の目撃者になる。これが刮目せずにいられようか。
2巻のざっくりしたあらすじ。(1)小百合さんが母親の介入をきっかけに美琴と初めての姉妹げんか? 痴話げんか? をしたところ、紆余曲折を経て妹から肉体関係を迫られる(裏帯にあるけどネタバレなので一応)。(2)2巻で新たに登場した女子高生の姫子が男鹿くんを男と勘違いして一目惚れするが、誤解が解けたあとも彼氏役を命じたりデートに誘い出したりするなどの繋ぎ止め工作を続ける。
そんな感じの2巻は遂に姉も自覚した姉妹百合にツンデレJKの勘違いから始まる百合恋の萌芽、と、どこをどうとっても百合百合しい、本当にすばらしい内容の1冊となっている。
さて、1巻のときにも触れたとおり、『小百合さんの妹は天使』は単なる百合マンガではない。それは小百合と家族の話でもあり、小百合が壁を作ってきた外の世界と再び向き合う話でもあり、男鹿がひそかに抱えるコンプレックスとどう折り合いを付けるかの話でもあり、美琴が天使の姿をしている謎に迫る話でもある。特にいちばん最後の美琴が天使の謎についてはミステリーもののようにヒントが小出しにされている印象がある。今巻で言えば、姫子の存在とその言葉がそれに当たるだろう。
まず、美琴と姫子は同じ高校へ通っているが、姫子が男鹿と出会ったのは姫子の通学路上である。このことからわかるのは美琴と小百合が思った以上に近い場所、少なくとも美琴の通学圏内に住んでいたということだ。美琴は姉である小百合と再会した際に「神様にね おねえちゃんに会いたいよーってお願いしたら生えてきたの!」(1巻p.19)と言っているが、実際には神の奇跡に頼らずとも会おうと思えばいつでも会えるような距離にいたことになる。それがどうして13年間も会えなかった/会わなかったのか。それには小百合と美琴が一緒にいるところを目撃して接触を図ってきたふたりの母親の行動に鍵があるように思う。もしかすると小百合と美琴は意図的に遠ざけられていたのではないだろうか。もっとも母親も美琴が近くにいたことを知らなかったような節もあるため、すべてが偶然だったという可能性はあるけれど。
次に、美琴が1年の頃はあまり学校へ来ないか、来ても保健室登校だったが、2年の春からは毎日出席している、という姫子の言葉である(p.141)。2年の春というのは美琴が小百合と再会し同居するようになったタイミングと一致している。だが、一方で美琴は生まれつき体が弱い子だったという小百合の回想があり(p.75)、いつも小百合のそばにいられるからとはいえ美琴が急に健康優良児になるとは思いにくい。このことからはやはり美琴がその姿のとおり既にこの世の人物ではない可能性を思い浮かべてしまう。もっとも美琴は(天使の羽や環は見えないとはいえ)誰もが視認でき、小百合の風邪が移って寝込む描写もあるため、生身の人間である線が濃厚ではあるけれど。
以上簡単に2点ほど見てきたが、いずれも今すぐに何かを断定することはできない。ただ、タイトルが『小百合さんの妹は天使』であるように本作は美琴がなぜ天使なのかが物語の核心になっているとは思う。単に美琴が天使みたいにかわいいから、あるいは美琴が小百合に会いたいと神に願ったから、ということだけではない秘密が天使の美琴には隠されているのではないか。「おねえちゃんに嫌われたら生きていけない」(p.72)とまで言う美琴の好意と決意。その言葉にはそれらとはまた別の意志が秘められているような気がしてならない。
【出典】
・伊藤ハチ 『小百合さんの妹は天使』第2巻 メディアファクトリー<MFコミックスフラッパーシリーズ>、2015/6/30発行
・小百合さんの妹は天使 - pixivコミック→試し読みあり
・はちしろ→作者のサイト
【関連記事】
・天使の妹を持つ小百合さんは天使。「月刊コミックフラッパー」に燦然と輝く極上の年の差姉妹百合マンガ! 伊藤ハチ『小百合さんの妹は天使』第1巻
・キラキラした毎日をただふたりで過ごしたいと願う姉妹を嘲笑うかのように物語は波乱含みの様相を見せ始める。 伊藤ハチ『小百合さんの妹は天使』第3巻(2015/12/23追記)
・例えば今年に入ってから単行本が出版された『小百合さんの妹は天使』や『ふたりべや』のように、専門誌ではなく一般誌で連載される百合マンガが増えてきたのはこの流れが定着してきた証拠じゃないかと思うので、少し考えてみた。
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