俺たちのスマートホールはまだ始まったばかりだ! 恋も仕事もさらなるステップアップを夢見る若手SEとJK社長が描く未来 此ノ木よしる『SE』第4巻(完結)
恋も仕事もステップアップできずに加齢臭の漂うコードを日々垂れ流し続けるオッサンSEのみなさん、こんにちはー! おや? 声が聞こえないぞー? もう一度行くよー! こっんにっちはー! ……。へんじがない、ただのしかばねのようだ。
ということで、「スマートホール」という夢のデバイスに自らの未来を託したJK社長と若手SEを描いたマンガ『SE』が第4巻で完結した。これはただ2人の恋と仕事を描くに留まらない、すべてのSEに向けた餞の物語だ。
1巻で小さなソフトハウス「PEACH SYSTEM」に入社し、3巻では新卒ながらもプロマネ役まで果たすに至った丘史郎。難病を抱えながらも夢のデバイス「スマートホール」の開発に情熱を燃やし、丘との恋にも全身全霊を尽くす現役女子高生社長の高島百香。そして少し年上の立場から2人を支え、導く5人の仲間たち。完結となる4巻では、遂に世に放たれた「スマートホール」を巡って起きた問題に、彼らがどう解決の糸口を見つけ未来への先鞭を付けるかまでが描かれている。
と、内容的には至って真面目な感じがするのに、そのわりにはお色気が多いような気がするのはどういうことだろう。4巻に9話あるうちの3話はほぼ全編がもはやSEとは何も関係ないイチャイチャっぷりで徹底的にエロスを発揮しているし。いいぞ、もっとやれ。
『SE』はそのタイトルどおり、システム開発やITに関わる用語や社会の動向を踏まえた作品作りがされている。
例えば、主人公の丘は大卒の新人として「PEACH SYSTEM」に入社したが、1年の内にPGからプロマネになり、社運をかけた「スマートホール」の発表会では堂々とプレゼンをするまでに成長している。そして4巻では丘は動画素材にもなり、それがきっかけとなって遂にIT業界人の証であるドヤ顔ろくろ回しを披露するに至る。
こんなにハイスペックな人材も滅多にいないため短期間でこれほどの経験をする人もなかなかいないと思われるが、物語の中で丘に起きたことのいくつかは長年SEとして従事してきた読者諸氏にとっても身に覚えのあるものに違いない。
また、このマンガでは4巻帯の「読んだらIT用語プレイしたくなっちゃう」や作中の「IT用語にこじつければ何してもいい」(p.138)のように、IT用語を主にエロい方面で使うというという提案も行われた。4巻だけで見ても、リファクタリングは絡まったスパゲッティ(隠語)の深部にあるソース(隠語)を洗練してきれいにする(隠語)ことだし、手錠プレイはさながら制約付きの本番稼働である。「結合テスト」とか「本番リリース」とかいったシステム開発では一般的な用語がすべて淫靡な言葉にしか見えなくなったのは全部『SE』のせいだ(褒め言葉)。
さらに、ただ用語として使うだけではない。実際の進捗度合いを無視して強引に開発を進めることが不幸な結末を招くことを、このマンガでは森田菜乃という人物に語らせている。
菜乃は丘と百香が両想いであることを知っていながら丘に横恋慕し、強引に結合テストをしようと迫る。だが、要件定義もできていないのに結合テストができようはずもないことが、まだ若い彼女にはわからなかったようだ。
そんな若手を手助けするのはいつだってベテランの役目。オッサンSEの筆頭であるフリー技術者の星に菜乃は窘められるが、その後の彼女の行動を見ている限りではそれほど懲りてはいないようだ。
このように、『SE』はSEやITという素材を上手く生かしつつ、丘と百香の恋と夢を主軸にした技術者たちの物語に落とし込んでいる。前述のとおり4巻では彼らが精魂込めて送り出した「スマートホール」がある社会問題に直面するが、そこで「PEACH SYSTEM」がもう小さな会社ではいられないほどの社会的責任を負い、急場をチャンスに変える企業であることを作者は描く。それを丘と百香を始めとした人物たちの恋愛やビジネスの思惑を絡めつつ大いに盛り上げ、一気に結末へと誘う手腕には作者の確かな力量を感じずにはいられない。
物語の終盤で丘は言う。
「自分が世界を変えられると本気で信じてそして実行して下さい」(p.157)
それは、自分が世界を変えられると本気で信じて実行している人間に感化され、いつしか自分でも世界を変えられると本気で信じるようになり、世界を変えようと本気で実行している丘だからこそ言える台詞だろう。
いつだって世界は変えられると本気で信じている人々の手によって世界は変えられている。それに引き替え自分は、というのはもう止めよう。世界を変えられると本気で信じるところから始めよう。同業のSEだけではない、夢追い人だけではない、丘の言葉はすべての人に向けられた餞の言葉だ。
ところで、自分で書いておきながら何だけれど、「精魂込めて送り出した『スマートホール』」という字面にどこか使い古し臭が否めないのはなぜだろう。
【出典】
・此ノ木よしる 『SE』第4巻、白泉社<ジェッツコミックス>、2014/5/5発行
・此ノ木よしる「SE」| ヤングアニマル→第1話の試し読みあり
・此ノ木よしる公式HP→作者のサイト
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