仕方ないしーなメモ

　仕事の相方でもあった伴侶を亡くして以来鬱ぎ込み、投身自殺を図ろうとしたラーメン店「清蘭」店主の紅烈土。親友の嫉妬が生んだ些細な一言から同級生たちの悪意を一身に集めることになり、やがて自殺未遂をするまでに追い詰められていた、紅の孫で女子高生の茉莉絵。海外ロケの最中に自動車事故に遭い、人っ子ひとり通らないような荒野で遭難しかけた料理研究家の赤星亘。そんな死の淵を覗いた3人がラーメンのためにもう一度生きることを決意する。『ラーメン食いてぇ！』はただそれだけのマンガなのだと思う。

　このマンガの面白いところは、一命を取り留めた茉莉絵が紅が孫娘のために腕を振るって作ったラーメンスープを飲んで悟りを開いたときの表現とか、茉莉絵が自分自身の仇である親友をパンチラも顧みずに追い回して口説く場面とか、おそらくキャラの濃い主役級を中和させるためなのだろうテンプレ的な反応を示す脇役たちとか、いろいろある。また、このマンガの名言も、ラーメン屋を継ぐ決心をした茉莉絵に紅が言った「清蘭のラーメンをひとことで言えば“引き算の技”じゃ」（p.54）を始め、枚挙に暇がない。
　でも。でもね。“引き算の技”という言葉を見てはっとした。面白い本やマンガを読むとこうして感じたことを書き連ねているけれど、いつもいつもこれでもかこれでもかといった具合にどんどん文章を書き足しているように思う。どうすればこの面白さを伝えられるだろうか、これではまだ伝えられない、と無闇矢鱈に文章を水増ししているように思う。本当に面白い物語はきっとすごく単純で、本当にためになる感想はきっとすごく簡素なのだろう。まあそこまでの器用さがあったらもうやっていますという話だけれど。何の話だったか。とにかく普段から長ったらしくて回りくどい文章を書く自分は“引き算の技”という紅の台詞を読んでまさに脳天を撃ち抜かれたような気がした。だから今回は引き算の技で簡潔にまとめたいと思う。

　前述のモアイで読んで以来1ヶ月ぶりに『ラーメン食いてぇ！』を読み返したけれど、もうパブロフの犬状態だった。最初のページを捲っただけでよだれが出てくるし涙腺が熱くなる。何か、すごいマンガに出会ってしまった。ただ祖父さんとJKがラーメンを作り、口髭のおっさんがそれを食べているだけなのにどうしてこんなに泣けるんだろう。ああもう細かいことはいい、ラーメン食いてぇ。清蘭のラーメンが食いてぇ！
　『ラーメン食いてぇ！』はラーメン作りを伝え合う祖父と孫娘の物語を縦糸に、ウイグルの砂漠で生き延びた男がラーメンに執着する物語を織って作られたマンガだ。いや、ちょっと違うか。『ラーメン食いてぇ！』は最初は遠く離れた地で始まったラーメンを巡る2つの旅がやがてひとつのどんぶりに収まってゆくまでの様子を描いたマンガだ。けれど、ただそれだけなのに凄まじい熱量をこのマンガは秘めている。もう一度言う。『ラーメン食いてぇ！』はすごいマンガだ。
　また、同時収録の短編『傘がない！！』と『宇宙人かよ！』も『ラーメン食いてぇ！』の作中に登場した“不器用の一心に勝る名人はない”という言葉を体現しているようですごく面白かった。

【出典】
・林明輝　『ラーメン食いてぇ！』上巻、講談社、2015/4/23発行
・林明輝　『ラーメン食いてぇ！』下巻、講談社、2015/4/23発行
・ラーメン食いてぇ！/林明輝 - モーニング・アフタヌーン・イブニング合同Webコミックサイト モアイ→試し読みあり