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2015/03/25

超絶美少女と見せかけて実は残念美人? 優等生と見せかけて実は腹黒い? 百合百合しくないと見せかけて実は百合百合しい? 対照的な女子高生2人の同居から始まるガール・ミーツ・ガールの決定版! 雪子『ふたりべや』

『ふたりべや』

 桜子とかすみが手に手を取り合い顔を寄せ合った素敵イラストに惹かれてこのマンガを手に取った場合、その内容が少なくとも途中まではそれほど百合百合していないことにやや拍子抜けするかもしれない。だがそれを以てこのマンガを百合マンガではないと判断するのは尚早だ。桜子とかすみの「ふたりべや」に芽吹いた百合は少しずつ、だが確実に2人によって育まれていくのだから。

 川和桜子と山吹かすみ。高校入学を機に入った下宿でたまたま同室となったことから出会った2人。三つ編みおさげの黒髪にデフォルト笑顔のほがらかさん、文武両道の優等生で家事も万能、そしてAAのまな板をお持ちの桜子と、ゆるくウェーブした茶髪に大食らいで気怠げな残念美人、ギリギリの平均点で見てて面白いくらいの不器用さ、そしてFのたわわをお持ちのかすみという対照的な2人。そんな2人の下宿と学校、公私ともに渡るふたり暮らしを描いた4コママンガがこの『ふたりべや』だ。

 確かに始めの方こそ、日々の暮らしに必要なマグカップをハートマーク付きでお揃いにしたり、かすみがベッドも布団も持っていないからと桜子のベッドで一緒に寝るようになったりと、百合度の高い出来事はある。けれども、それから先に描かれているのは一見すると仲の良い普通の女子高生の普通の毎日だ。かすみがバイトに行っているとき以外は2人は常に一緒にいるものの、特にベタベタといちゃつくわけではない。ごはんを作ったり洗濯物を畳んだり、遅刻しそうな朝はかすみの手を引いて走ったりと、桜子が面倒見のよい姉か「おかん」のようにかすみの世話を焼く日常描写が続くだけである。それこそアイキャッチよろしく幕間に挟まれるイラストの方が百合百合しいくらいだ。まあこういうのもありだよね。女子高生がふたり暮らししている様子が見られるだけでいいじゃないか。読者は自分自身をそう納得させようとするだろう。そしてその行動はある意味正しい。そう、劇中の季節が冬を迎えるまでは。

 冬。それは1年でもっとも寒い時期。それは人肌恋しい季節。やってくれたよ。極度の暑がりであるとともに常軌を逸した寒がりのかすみさんがやってくれましたよ。

『ふたりべや』p.67

 冬を迎えたふたりべやで、寒がりのかすみは体温の高い桜子に何かとくっつくようになる。もちろん桜子とかすみが一緒に暮らし始めて半年以上が経ち、2人の距離が出会った頃よりもずっと近くなっていたこともあるだろう。そこへ冬が到来し、かすみを桜子へと向かわせる行動として結実する。かすみの食欲、睡眠欲に続く3つ目の欲求が桜子へと牙を剥く(※願望が混ざっています)。ある意味、かすみは公然と桜子に抱きつけるこのタイミングを待っていたのかもしれない。
 そして、かすみからのアプローチに呼応するかのように桜子にも変化が訪れる。それには桜子の双子の弟妹がふたりべやを訪ねてくるというイベントと、共学なのになぜかかすみが女子生徒からのチョコを大量に集めるバレンタインデーというイベントを抜きにしては語れない。

『ふたりべや』p.108

 前者に言及すると。桜子の妹である雛子はかすみを一目見てその容姿端麗な姿に心を奪われ、ふたりべやに通された後もかすみに接近しようとする。しかし、それを見た桜子は雛子をかすみから遠ざけるだけでなく、かすみが座っているのと同じこたつの面に入り込むという荒技をやってのける。桜子とかすみと双子で4人、こたつの面も4つなのだから桜子とかすみが同じ面に入る必要はまったくない。それなのに桜子はあえてかすみの隣に入ってかすみとの親密さをアピールするという、およそ優等生らしからぬ大人げのなさを実の妹に対して見せるのだ。もしかすると桜子は意外と嫉妬深い女子高生、略してSBJK(桜がTrickするあれな)なのかもしれない。実に素晴らしい。やはり一途な百合キャラはこうこなくては。

『ふたりべや』p.114

 また、後者について言うと。桜子はかすみが女の子からチョコを貰っている姿を見ても邪魔をしたり妬いて見せたりということはなかった。なぜなら、桜子はクラスメイトの女子からお菓子作りの腕を見込まれて友チョコを作るように頼まれていたが、試食という形でかすみに三日三晩チョコを食べさせ続けて他の女の子から貰ったチョコの入る余地をなくす(物理)という予防線を張っていたからだ。さすが学年主席の桜子さん、やることがえげつない。ただ、桜子はかすみが女子からチョコをもらうのは許せても、かすみが自分以外の女子にお返しをすることには複雑な感情を見せる。やれ「チョコ貰った子へお返ししないのー?」(p.114)とかすみに促しては暗に自分もお返しが欲しいとほのめかし、やれ「無難に飴でもいいかなあ」(同)とかすみが言えば「『あなたが好きです』って意味じゃなかったっけ」(同)と内心で大汗をかく。そして、かすみからのお返しを無事にゲットしては桜子はかすみに抱きついて全身でその喜びを表現する。もしかしなくても桜子はかすみが大好きすぎるのかもしれない。実に素晴らしい。やはり腹黒百合キャラはこうこなくては。

 そういうわけで『ふたりべや』はあまり百合百合しくないと見せかけて実に百合百合しいマンガなのである。桜子とかすみは出会ってすぐ友情的な意味で仲良くなり、寝食をともにし優しさや温かさに触れるうちに身も心も少しずつ近づいていき、やがてお互いにかけがえのない存在になる。そういう2人が作るゆったりとした時間の流れ、2人が醸し出すほんわかとした空気感がこのマンガの魅力であり特徴だろう。桜子とかすみが暮らす「ふたりべや」には確かに百合の花が咲いているのだ。

 ところでこの『ふたりべや』、単行本には巻数表記こそないものの、中に入っていたチラシによれば「月刊コミックバーズ」での連載は続いている。これはもしかして単行本の動向如何によって2巻の命運が決まるパターンだろうか。もしそうだとしたら、こんなに素晴らしいマンガを単巻で終わらせるなどという大いなる損失を人類にもたらすわけにはいかない。
 ということで、一家に1冊『ふたりべや』はいかがでしょうか。一家に1冊と言わず1人1冊でもいいんですよー。

(2015/3/29追記)
 読み返していたところ重大な見落としをしていたことに気づいたため、新たな知見としてここに追記する。
 上では「冬を迎えたふたりべやで、寒がりのかすみは体温の高い桜子に何かとくっつくようになる」と書いたが、実はそれよりも少し前にかすみにとって桜子がどんな存在かを意識させる事案が発生していた。
 かすみの母親はカルチャースクールで講師をしている。かすみはよくその手伝いをすることがあったが、あるとき「子供お料理体験教室」で人手が足らなくなり桜子も駆り出されることになった。

『ふたりべや』p.73

 そのような場は初めてのはずの桜子は持ち前の甲斐甲斐しさを発揮して、小さな女の子のドジをすかさずフォローしたり、その子に焼き方のお手本を見せたりする。すると桜子はその女の子から憧れの眼差しで「大きくなったらおねーさんみたいなお嫁さんが欲しーい!」(p.73)と言われる。ところが、それを見ていたかすみはあろうことか桜子を「俺の嫁」宣言し、小さい子供から桜子を引き離すという大人げない行動を取るのだ。桜子が大人げないことは上に書いたが、かすみも大概大人げない。もう大人げない同士お似合いだから結婚しちゃえよ!

『ふたりべや』p.74

 そして体験教室が終わったその夜、普段無気力でおよそ自分からは行動しなさそうなかすみがなんと桜子の肩揉みをする。「沢山手伝ってくれたお礼」(p.74)とかすみは言っているが、肩揉みという背中側から抱きつくような姿勢になる行為を選ぶあたり桜子にだた触れたいだけという本音が透けて見える。しかもそこにはもう1つの意図が隠されている。相手に触れるという行為は自分の欲求を満たすのと同時に相手の欲求を引き出す行為でもある。すなわち色仕掛けである。つまり、かすみが桜子の肩を揉んだのは桜子が他の女の子に獲られてしまう前に桜子を色仕掛けで籠絡して名実ともに「俺の嫁」にしてしまおうという魂胆があったからなんだ! な、なんだってー!
 そうして第6話の後半に当たるこの話を境に季節は変わり、上で書いた寒くなるとかすみが桜子のひっつき虫になる第7話以降へと続いてゆく。かすみさんマジ策士。やはりナイスバディな無気力系百合キャラはこうこなくては。

 桜子とかすみの心の距離はふたりべやで過ごすうちに少しずつ、だが確実に近づいていて、ただそんな穏やかな日々の中でも時々心中穏やかでない出来事があってそれが桜子とかすみの距離を主に物理的に縮めている。『ふたりべや』はその辺りの表現が本当に巧みで、読む度に何か新しい気づきがあって気づく度に俄然ニヤニヤさせられる。単なる同居百合4コママンガと侮れない奥深さを『ふたりべや』は持っているのだ。

【出典】
・雪子 『ふたりべや』 幻冬舎<バーズコミックス>、2015/3/24発行
ふたりべや:作品・シリーズ | 幻冬舎コミックス GENTOSHA COMICS→試し読みあり
雪子ブログ→作者のブログ

【出典】
みつあみ優等生と残念美人の組合せ最高かよ。読めば読むほど味わい深くなる女子高生ふたりの同居4コマ待望の2巻! 雪子『ふたりべや』第2巻(2015/12/29追記)

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