かけだしラノベ作家の悲喜交々を描いたお仕事4コママンガ。ちょい百合もあるよ! 渡辺伊織『ゆとりノベライズ』第1巻
二昔ぐらい前まではラノベと言えば剣と魔法のファンタジーかスペオペという感じがしていたが、今では書かれていないジャンルはないのではないかと思うほど多岐に渡る世界がラノベのフォーマットで表現されている。ここで何となく「ラノベのフォーマット」と書いたが、ラノベ、ライトノベルとは本文を書く小説家と表紙イラスト及び挿絵を担当するイラストレーターとが一体となって1つの作品として作り上げた形式の小説のことを指す。「絵付き小説」と呼ばれることも。なお、アニメ化もされた某青春ラノベには「大事なのはイラスト」と書かれている。
『ゆとりノベライズ』はそんなラノベ業界に身を置く若手作家が主人公の物語だ。
都ゆとりはデビュー作が2巻で打ち切りになるという憂き目に遭いながらも次作に意欲を燃やすかけだしのライトノベル作家である。そんな彼女の精神的支柱となっているのはアニメ化作品を持つベストセラー作家の里見嵐。ラノベ作家の先輩として、女性ラノベ作家というロールモデルとしてゆとりは里見を見習い里見に励まされ甘やかされ、ときに里見の世話を焼き里見を甘やかす。そうして、ゆとりはベストセラー作家を夢見ながら今日もラノベの執筆とコンビニのバイトに精を出す。という話。
帯に「仕事としてのラノベ作家物語」とあるように、ラノベ作家が決して夢や想いだけではやっていけない稼業であることが本作では描かれている。そもそもゆとりのデビュー作は2巻で打ち切られているし、その後書いた作品についてもゆとりが自ら引導を渡す描写がある。新作のプロットに行き詰まったり、書店やネットでの読者の反応に一喜一憂したりと、作家ならではの悩みや壁にぶち当たったりもする。それなのにどうしてゆとりはラノベ作家をするのか。
p.48に偶然再会したサラリーマンの同級生が「プロになるのに何がいちばん必要だった?」とゆとりに問う場面がある。その問いに対するゆとりの答えにはここでは触れないが、その答えからはゆとりが夢や想いだけで作家をしているのではないことが窺える。それは信念あるいは矜持と言い換えてもいいかもしれない。想像を形にするという仕事。ゆとりは作家を夢見て、作家という仕事が好きだ。ゆとりには読者に伝えたいことがたくさんあり、頼れる先輩もいる。「書くときは1人」(p.75)でも多くの人と繋がっている。門外漢なので想像混じりになってしまうが、一度ラノベ作家という仕事の喜びを知ってしまったら味わい続けずにはいられないものなのかもしれない。
ところで、キャラ造形については、Wikipediaによるとゆとりと里見にはモデルとなった実在のラノベ作家がいるという。ゆとりがいまいち萌えない感を醸し出しているのはそのためだろうか。いまいち萌えないラノベ作家娘、都ゆとり(褒め言葉)。それと、里見がゆとりに対して妙に百合百合しているのはもしかしてそういうことなのだろうか……?
装丁も凝っている。作者ブログに「表紙、裏表紙、背表紙、さらにはオビに至るまで、デザインがすべてラノベを意識した装丁になっています。」とあるとおり、4コママンガの単行本でありながらライトノベルのような装丁になっている。サイズ的に文庫本のちょうど倍の大きさであるため、ラノベをそのまま大きくしたような感じ。もしこの先『ゆとりノベライズ』がラノベ化されて『ゆとりノベライズノベライズ』が出た暁には本棚に親子(?)で並べてみたい。また、カバー下では作中作である里見嵐先生と都ゆとり先生のラノベが紹介されている。表紙イラストとあらすじだけでなく定価まで書かれているという凝り具合には2人のラノベが本当に存在するような気がして思わず本屋に走ってしまいそうになる。
あと、基本的に4コマの1つ1つにサブタイトルが付されているが、連載が8ページ化したところから1話を起承転結として見たときの「転」に当たる部分にはサブタイトルがなく、16コマで1つのストーリーを表すようなイメージになっていることも興味深い。そこでは1話の中で比較的シリアスな場面を描いていることもあり、より強い印象が残る。そしてそこで揚げておきながら揚げっぱなしでは済まさないところも根幹がギャグである4コママンガらしくていい。総じて言うとこのマンガはおもしろい。
4コママンガなのにどこからどこまで見てもラノベっぽい印象の『ゆとりノベライズ』。今後もゆとりと里見のかけあいと2人の成長を生温かく見守るのが楽しみで仕方がない。
【出典】
・渡辺伊織 『ゆとりノベライズ』第1巻、芳文社<まんがタイムコミックス>、2015/2/21発行
・“仕事”としてのライトノベル作家物語。満を持しての2カ月連続刊行予定! | 『ゆとりノベライズ』渡辺 伊織→試し読みあり
・いつの間にか深く夢の中へ→作者のブログ
【関連記事】
・気弱で後ろ向きな自分を肯定するゆとりの強さと売れっ子先輩ラノベ作家と現役女子高生ラノベ作家をライバル視するゆとりの強かさ。『ゆとりノベライズ』の最大の面白さはそこにある。 渡辺伊織『ゆとりノベライズ』第2巻(2015/3/8追記)
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