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2014/12/29

圧巻の一言――妖精と深海棲艦、艦娘と鎮守府、そして鎮魂の海を巡る始まりの物語 某氏屋『艦隊これくしょん前日譚ファンブック ◯四二三事変』(艦隊これくしょん~艦これ~二次創作)

『艦隊これくしょん前日譚ファンブック ◯四二三事変』

 『艦隊これくしょん前日譚ファンブック ◯四二三事変』はタイトルのとおりゲーム「艦隊これくしょん~艦これ~」のストーリーが始まる前、前日譚に相当する話を描いたマンガだ。100ページに渡って綴られた、公式でも未だ語られることのない妖精と深海棲艦、艦娘と鎮守府のルーツを辿る物語にはただただ圧倒される。

 ゲームとしての艦これは2013年4月23日より正式にサービスインしている。よって本作のタイトルが示す「◯四二三事変」とは現実に艦娘と深海棲艦との戦いが始まった日を意味しているのだろう。それは艦これ前夜を描いた物語である本作を見事に言い表している。
 このマンガの特徴は何と言っても艦これの公式では描かれていない妖精や艦娘の起源、彼女らと深海棲艦との関係を掘り下げて描いていることにある。未知の存在だった深海棲艦との遭遇から始まり、妖精との邂逅、艦娘の誕生を経て鎮守府の開庁までを、時に史実を踏まえ、時に思いも寄らない奇想天外さで、かつ公式設定との矛盾なく語る。SFのような導入から始まり、ミステリー仕立ての謎解きを経てオカルトじみた妖精や艦娘の存在までを、大胆に、何の違和感なく語る。それにはハセベという科学者と彼が偶然出会った名もない妖精の科学者、2人の存在が大きく寄与している。

 このマンガの主人公は艦娘でも提督でもない。このマンガの主人公は公式な記録には決して登場することのない1人の科学者である。このこともこのマンガの大きな特徴の1つとなっている。

『◯四二三事変』p.7

 物語は科学者のハセベが海岸に打ち上げられた奇妙な生物の死体を検証するために呼ばれたところから始まる。ハセベは後に深海棲艦の1種、駆逐イ級と呼ばれるであろうその死体が「まだ生きている」ことを看過し、研究所に運び込んで日夜その正体の解明に明け暮れる。彼の研究はやがてそれまでの常識では理解することのできない存在、妖精の誕生として実を結び、彼の研究パートナーとなる学究肌の妖精を出現させるまでに至った。

『◯四二三事変』p.35

 だが時は待ってはくれない。2人の邂逅をあざ笑うかのように世界中の海は深淵から現れた化け物たちによって蹂躙されたのだ。それに対してハセベと小さき研究者は一計を案じる。化け物の血肉から妖精を生み出したように、化け物に対抗しうる艤装を他でもない化け物を基にして作り出すこと。そして、その艤装を依り代として下ろした付喪神に、化け物に囚われた人と艦船の魂を救い出させること。そう、ハセベと小さき研究者の目的は化け物を殺すことではなく化け物を救うことだった。

『◯四二三事変』p.60

 未知との遭遇に抱く高揚と謎を追う面白さ、オカルティックな事物への憧憬と恐れ。作者のその想像力とそれを描く手腕にはもう感服するしかない。そんな作者の渾身の一撃、最初の艦娘の登場シーンも実に鮮やかで印象深いものとなっている。

『◯四二三事変』pp.62-63 『◯四二三事変』p.64

 ハセベと妖精の研究者2人、恐らく直接的には描かれていない研究仲間や他の妖精たちの願いと期待を一身に背負い、最初の付喪神、工作船「明石」は顕現する。物語が後半を過ぎたところでの明石の満を持した登場は、かつての艦船としての格好良さと1人の少女としての可憐さを余すところなく見せつけ、それまでのシリアスな展開は何だったのかと思わせるぐらいユーモラスだ。しかし、それこそが明石がハセベと名もなき妖精にとって希望の星であることをこの上なく際立たせている。これが刮目せずにいられようか。
 そして艦娘を「人間」たらんとすること。その詳細にはここでは触れないが、作者はそこにもとある仕掛けを用意した。まったくその発想には舌を巻く。作中に描かれた艦娘は明石や大淀など数人だけだが、このマンガはすべての艦娘に対する作者の愛に満ち溢れている。

 本作は作者がpixivで11回に渡って連載したマンガをまとめたものだ。よってその物語を把握するだけならpixivを見れば達成される。だが、pixivの本文紹介で作者が言及しているとおり絵はすべて描き直されており、一部コマ割りの変更や場面の追加もある。また、抽象表現やベタなどの効果の追加や変更もある。そのため一度pixivで読んだ者であってもまた新鮮な心持ちで本作を読むことができるだろう。なにより100ページを超える薄くない同人誌としてこの物語を一気に読めることは僥倖というよりほかはない。
 もちろん本作を初めて読む者にとっては公式では語られない妖精や艦娘の真実に迫る物語の1つとして驚きと感動を以て迎えることができるに違いない。月並みな言い方になるが、この大作に初めて触れる人が始めから終いまでドキドキワクワクしながら一気通貫で読めることが何とも羨ましい。
 つまり『◯四二三事変』はpixivでの連載を読んだことがある者もない者も買って損のない、読んで得する1冊となっている。作中でハセベと名もない妖精の科学者が誓ったように、このマンガを初めて、あるいは改めて読んだ提督たちが大海原の深淵に棲まう艦船とそこに囚われたすべての魂に救いの手を差し伸べることを願って止まない。

【出典】
・某氏屋 『艦隊これくしょん前日譚ファンブック ◯四二三事変』 それがし屋、2014/12/28発行
艦隊これくしょん前日譚ファンブック ◯四二三事変→本文紹介
第1話「邂逅」→『◯四二三事変』の元となったpixivでの連載

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