かつてひとりの女性に「光」を灯した青年は今、殺し屋の少女にとって何になろうとしているのか。 板倉梓『ガール メイ キル』第2巻
2つのマフィアが牛耳る中華街を舞台に、ビデオ屋の店員として働く気弱な青年・五本木と、マフィアの殺し屋として働く15歳のおさげ少女・芽衣との関係を描いた『ガール メイ キル』。2巻ではいくつかの「出来事」を経て五本木と芽衣がまた少し歩み寄る様子が描かれている。
2巻のハイライトを挙げるなら。対立するマフィアの自称真性□リ野郎にさらわれた五本木を助けるため芽衣が○リコン野郎に貞操を狙われたり、□○コン野郎に下着を引ん剥かれたり、□リ○ン野郎にぺろぺろされたりと、いずれの場面も甲乙付けがたい。しかし1つだけ選ぶとしたら、ニーハイだけにされた芽衣が五本木を前にして年相応の恥じらいを見せるシーンを挙げたい。ありがとう! そして、ありがとう! よくぞニーハイだけ残してくれた!
さて、1巻からの続きとなる敵対勢力に属する売人の司との一件も、芽衣に手を出そうとする変態野郎との一件も、その事象だけを追っているとこの物語の本質を捉えることはできない。元より敵か味方か、殺るか殺られるか、という単純な二元論で生きている(ように思われる)芽衣にとって、目の前に現れる人物は殺すべき相手かそうでないかの違いしかない。それを知っていてなお芽衣の人生に絡もうとするのだからまあ五本木は物好きな男である。こちら側の世界にいる読者と違って、物語の中に生きる五本木はその命を芽衣に預ける必要があるのというのに。
2巻の後半では以前の五本木を知る女性が登場する。裏世界の住人を診る医師として生きる彼女、香月はとある理由から厭世的になっていたが、かつて幼少の頃の五本木と出会い、彼の中に「光」を見出した。幼い五本木に手を引かれながら「こういう人生もあったかもしれない」と夢想する香月は、だが当時から自分がそういった世界にはもう戻れないことを知っていたのだろう。けれど五本木は違う。少なくとも当時の、幼かった頃の五本木は違う。まだこれからいくらでも明るい世界を歩むことができるはず。だが、その五本木が大きく成長した姿で再び現れ、魑魅魍魎の渦巻く街に留まる決心を告げたとき、香月が抱いた絶望は想像を絶するものだったのではないだろうか。
それでもそのことを知っていながら五本木は芽衣の側にいようとする。何ができるわけでもなく、時には足手まといにすらなっても、芽衣が望むなら五本木は芽衣の側にいるだろう。芽衣が望まなくとも居続けるだろう。
芽衣は香月と同じように五本木の中に「光」を見出したのか。五本木は芽衣の敵にならない存在。五本木は芽衣の味方で居続ける存在。五本木は何人もの人を殺めてきた芽衣を年相応の少女として扱う存在。かつてひとりの女性に「光」を灯した青年は今、殺し屋の少女にとって「光」などというあやふやなものではない確たる何かになろうとしている。そう、芽衣が五本木にとってつかみ所のないサソリなどではない何かになろうとしているように。
【出典】
・板倉梓 『ガール メイ キル』第2巻、双葉社<アクションコミックス(月刊アクション)>、2014/6/10発行
・WATTS TOWER→作者のサイト
【関連記事】
・そのおさげ少女、残酷につき。 板倉梓『ガールメイキル』第1巻
・悲しみと憎しみの連鎖は止まらず、復讐が復讐を招く。そのさなか、死と背中合わせの少女が抱いた恋心の行方は。 板倉梓『ガール メイ キル』第3巻(2014/11/11追記)
« その物語の広がりようは百合とコメディという2軸だけでは測れない、女子高生たちの恋や友情や青春や恋を描いた連作短編集 缶乃『あの娘にキスと白百合を』第1巻 | トップページ | こどもからおとなへ、男性から女性へ。2つのあわいを越えた少年たちの物語。 お子様ランチ『転生少女図鑑』 »
「マンガ」カテゴリの記事
- 【アイうたBD発売アドカレ】タターン! AIやロボットが登場するマンガを紹介します♪ その2 #アイの歌声を聴かせて(2022.07.26)
- 【アイうたBD発売アドカレ】タターン! AIやロボットが登場するマンガを紹介します♪ その1 #アイの歌声を聴かせて(2022.07.21)
- 時に生々しく、時にフェティッシュに。アパートの一室で育まれた恋や禁断の恋などを描いた珠玉の短編集! 時計『AV女優とAV男優が同居する話。』(2016.10.11)
- 恋する乙女はめんどくさいの! 宇佐美さん安定の片想いに部長の幼なじみ登場と、美術部は今日も平和です。 いみぎむる『この美術部には問題がある!』第6巻(2016.06.25)
- 誰が敵で誰が味方なのか。誰が悪で誰が正義なのか。劇場版『[新編]叛逆の物語』を初めて見たときのドキワクを思い出させてくれる物語。 ハノカゲ『魔法少女まどか☆マギカ[魔獣編]』第2巻(2016.06.16)
「感想」カテゴリの記事
- 【アイうた感想】劇場アニメ『アイの歌声を聴かせて』がどうして刺さったのかを5つの要素で考えてみた #アイの歌声を聴かせて(2022.02.28)
- 時に生々しく、時にフェティッシュに。アパートの一室で育まれた恋や禁断の恋などを描いた珠玉の短編集! 時計『AV女優とAV男優が同居する話。』(2016.10.11)
- 恋する乙女はめんどくさいの! 宇佐美さん安定の片想いに部長の幼なじみ登場と、美術部は今日も平和です。 いみぎむる『この美術部には問題がある!』第6巻(2016.06.25)
- 誰が敵で誰が味方なのか。誰が悪で誰が正義なのか。劇場版『[新編]叛逆の物語』を初めて見たときのドキワクを思い出させてくれる物語。 ハノカゲ『魔法少女まどか☆マギカ[魔獣編]』第2巻(2016.06.16)
- IT系ブラック企業の社畜がこんなに可愛いわけがない。読むと「今日も一日がんばるぞい!」という気力がもりもり湧いてくる(かもしれない)、すべての働く人への応援マンガ! ビタワン、結うき。『いきのこれ! 社畜ちゃん』第1巻(2016.05.31)
「商業誌」カテゴリの記事
- 時に生々しく、時にフェティッシュに。アパートの一室で育まれた恋や禁断の恋などを描いた珠玉の短編集! 時計『AV女優とAV男優が同居する話。』(2016.10.11)
- 恋する乙女はめんどくさいの! 宇佐美さん安定の片想いに部長の幼なじみ登場と、美術部は今日も平和です。 いみぎむる『この美術部には問題がある!』第6巻(2016.06.25)
- 誰が敵で誰が味方なのか。誰が悪で誰が正義なのか。劇場版『[新編]叛逆の物語』を初めて見たときのドキワクを思い出させてくれる物語。 ハノカゲ『魔法少女まどか☆マギカ[魔獣編]』第2巻(2016.06.16)
- IT系ブラック企業の社畜がこんなに可愛いわけがない。読むと「今日も一日がんばるぞい!」という気力がもりもり湧いてくる(かもしれない)、すべての働く人への応援マンガ! ビタワン、結うき。『いきのこれ! 社畜ちゃん』第1巻(2016.05.31)
- 現在進行形の青春と過去の青春が錯綜する高校生たちの物語 佐々木ミノル『中卒労働者(ワーカー)から始める高校生活』第6巻(2016.06.01)
この記事へのコメントは終了しました。
« その物語の広がりようは百合とコメディという2軸だけでは測れない、女子高生たちの恋や友情や青春や恋を描いた連作短編集 缶乃『あの娘にキスと白百合を』第1巻 | トップページ | こどもからおとなへ、男性から女性へ。2つのあわいを越えた少年たちの物語。 お子様ランチ『転生少女図鑑』 »
コメント