その物語の広がりようは百合とコメディという2軸だけでは測れない、女子高生たちの恋や友情や青春や恋を描いた連作短編集 缶乃『あの娘にキスと白百合を』第1巻
『あの娘にキスと白百合を』は中高大一貫の女子校の高等部を舞台に恋や友情や青春や恋を描いた百合コメ連作短編集で、さまざまな女の子にスポットを当てながら女の子同士の恋や友情や青春や恋を描いている。大事なことなので何回も言いました。
最初の主人公は面倒見が良く、中等部での成績は常にトップだったという絵に描いたような優等生で、他の女生徒からも羨望と憧憬の眼差しを向けられる白峰あやか。その外見からもお嬢様然とした風格の漂うあやかは反面努力型の人間で、負けず嫌いな性格も相まってその成績と評判を維持するため日夜研鑽に励んでいる。ところが、高等部へと進学したあやかは彼女の地位を脅かす存在に出会う。授業中寝てばかりなのに定期テストは必ず1位、どんなスポーツも容易くこなし各部活からのスカウトが引きも切らない。黒沢ゆりねは何もしなくても何でもできてしまう、いわゆる天才であり、高校生になったあやかの目の上のたんこぶとして君臨していた。そんな小憎らしいはずのゆりねについ仏心を見せてしまったことからあやかの歯車は狂い始める。
優等生と天才の話が一段落すると次の主人公たちへとバトンが渡る。続く話で主人公を務めるのはあやかの従姉で寮の同室でもある瀬尾瑞希と、瑞希の所属する陸上部でマネージャーとして彼女の相方を務める二階堂萌で、学園の王子と姫とも称されるほどお似合いの2人の物語となっている。
このマンガの素晴らしいところは、当初は脇役と思っていたキャラが主人公となり得ることであり、モブと思われていたキャラにも焦点が当たり物語があるところである。
あやかとゆりねの物語において、萌はゆりねを勧誘する陸上部員として、瑞希はあやかのルームメイト兼話し相手として、また萌の付き添いとしてしばしば登場する。いずれも読み始めの時点ではゆりねをなぜか執拗に狙うマネージャーとしか、あやかの正体をよく知るお姉さんとしか思わないだろう。
だが、この手のマンガであれば例えコマの端に描かれているなんてことのない2人にさえ特別な関係性を期待してしまうもの。そんな読者の期待に応えるかのように作者は次の物語を用意した。萌がゆりねを欲しがる真の目的を描いた話と、瑞希がショートカットでいる理由を描いた話。すると途端にこのマンガは圧倒的な広がりを見せる。
あやかとゆりねの物語を軸に、瑞希と萌の物語というもう1つの軸が加わる。それだけではない。あやかとゆりねを引き合わせたきっかけを作ったクラスメイトも後続の話では主役級の動きを見せ、本編では名前すら出ない少女たちも「あのキス小劇場」と題された1ページの短編ではスポットライトを浴びている。そうして多次元に渡って物語が生まれるさまは百合とコメディという2軸だけでは測れない奥深さをこのマンガに感じさせてくれる。
「あのキス小劇場」の柱に書かれた「主役以外のキャラクターにも物語は存在する…。」という言葉はどんな女の子も何らかの役割を負って生き、誰かと百合ップルになる可能性があることを端的に示している。読者が読みたいと思う物語だけでなく、読者がきっと知りたかった物語まで抜け目なく描いたマンガ。『あのキス』はそんなマンガだ。
あやかがゆりねから首位を奪う日が来るのが先か、ゆりねがあやかをツンデレからデレデレにするのが先か。そんな2人を生暖かく見守りながら次なる物語の主役を張るのは誰か。『あのキス』2巻がとても待ち遠しい。
【出典】
・缶乃 『あの娘にキスと白百合を』第1巻、メディアファクトリー<MFコミックス アライブシリーズ>、2014/5/31発行
・深海ハイパー→作者のサイト
・単行本『あの娘にキスと白百合を』→まとめなど
・【あのキス】瀬尾さんと二階堂さん→なにこれすばらしい。
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