それぞれの正義と信念とイタさ、そして「好き」を胸に抱いた同人作家たちの生き様を見よ。 赤井吟行『僕らはイタい生き物だ。』第2巻
体育会系思考でパンピーの元テニス少年・菅原誓(ちかい)がコミュ障で腐女子の同人少女・ハイジと出会ったことから始まる、イタい青少年たちのイタい青春を描いたマンガ『僕らはイタい生き物だ。』。2巻となる今作は、1巻の終わりで登場した大手サークルの主催者であるツバサと、自分の「好き」を同じように好きと思っている人に届けたいと願い趣味でサークル活動を続けるハイジという、2人の同人作家の正義と信念とイタさ、そして作品に対する「好き」の形を巡る物語となっている。
創作であれアニメやゲームの二次創作であれ、自分の好きな同人サークルが何ヶ月も何年も追っている間にその面白さや素晴らしさを広く知られるようになり、やがてお誕生日席や壁に移動しているのを見ることがある。それは自分が好きなものを好きと思う人が他にもたくさんいるということではあるけれど、それを好ましく思う反面、「ここは最後尾ではありません」札で喩えられる長蛇の列を見て(物理的に)距離を感じたり、時にはイベント会場での新刊購入を諦めることに一抹の寂しさを感じたりするのも事実である。
いわゆる「壁」サークルで山積み段ボールいっぱいの同人誌を昼前に売り切ってしまうツバサは、「僕の人生は同人イベントを軸に回っている」(p.65)と豪語し、同人を趣味ではなく「お客様のニーズに応えることを一番に考え」た「生産活動」(p.116、117)と言い切る。それは「イベントにはネットには『わたし』がいっぱいいる」(1巻p.121)と言い、自身が抱く「好き」や「萌え」を同人誌という形で表現できるだけでいいと考えるハイジとはある意味対極に位置している。
だが、そんなツバサも活動の原点はハイジと同じく自分の思う「好き」や「萌え」を誰かと共有することだっただろう。劇中ではツバサもハイジも『ワンダブルス』というコミックやアニメにもなった「国民的テニスRPG」の二次創作を同人活動の舞台としている。ツバサは趣味で同人誌を作るうちにその人気に火が付き、押しも押されもせぬ大手サークルとなり同人誌制作という生産活動に精を出すようになった。そうして今では同人イベントに向けて無茶苦茶とも思えるスケジュールを組み、毎食おにぎりの生活をも厭わない「同人描くマシーン」(p.151)のように生きている。
「いつまでも自己満足だけで描いてたらすぐ相手にしてもらえなくなっちゃう」(p116.)ことを知り、押されることを何よりも恐れて自分を律するツバサ。「期待は重圧になる」(p.122)ことに気づきながらも、もう後戻りのできないツバサ。そうしないと同人が趣味ではなくなったツバサは活動を続けていられない。けれどもそれはツバサの極端な一面でしかなかった。
元より「誰にも読まれない本は描いてないってのと同じなんだよ」(p.118)と言い、読み手を意識した同人誌を作っていたツバサが決して読者の方を見ていなかったはずはない。それでもツバサはいつしか大手同人サークルの膨大な読者を抱える作家としての自分に鎧われてしまった。
しかし幸か不幸か、ツバサはハイジと誓に出会った。ゴミの中から誓が描いたイラストをツバサが見出し、それをきっかけに知り合ったツバサとハイジ、誓たち。ツバサが彼らとの出会いを通じて得たのは彼らという友人だけではないだろう。ツバサが彼らを通じて見たのは趣味で同人を描いていた頃の昔の自分だけではないだろう。おそらくツバサは今後の生き方をハイジと誓に出会う前までとは少し変えることになる。それがツバサにとって幸か不幸かはわからない。ただ、それまでの彼女よりも少しだけ生きやすくなり、それまでの彼女よりももっと『ワンダブルス』を愛するようになり、それまでの彼女よりもさらに読み手に向き合った作品を描くに違いない。誓がしたようにあんなにも冷静に普通の女の子としてのツバサを見て、ハイジがしたようにあんなにも熱の篭もった想いをツバサにぶつける、そんな友だちがいたらその声に応えたくなるものだから。
すべての大手同人サークルがツバサのような背景を持っているとは思わない。ただ、ツバサのような物語を背負った同人作家がいることもまったくのフィクションではないのだろう。
そう言えば、「誰にも読まれない本は描いてないってのと同じなんだよ」(p.118)という作中の台詞で「作品は読まれてなんぼである」という学生時代の教師の言葉を思い出した。ここの文も「元の作品に興味を持ってもらえたらいいなー」ぐらいの気持ちで書いているけれど、「読まれてなんぼ」であることには変わりがないんだよなあ。そうだ、ここの文をまとめてコピー本の同人誌を作ろう!(在庫に埋もれる未来が見えます)
【出典】
・赤井吟行 『僕らはイタい生き物だ。』第2巻、アスキー・メディアワークス<電撃コミックスNEXT>、2014/5/27発行
・mugitea→作者のブログ
・僕らはイタい生き物だ。 - pixivコミック→連載中
【関連記事】
・みつあみおさげ女子のさやえんどうさんが思わずもらい泣きするほど萌えすぎて生きるのがつらい。『僕らはイタい生き物だ。』第1巻
・好きな作品を好きと言うことの嬉しさと愛する作品を愛し続けることの難しさを僕らはイタいほど知っている――同人を愛好するすべての人へ向けた応援歌 赤井吟行『僕らはイタい生き物だ。』第3巻(完結)(2015/4/10追記)
« ゆうべはおたのしみでしたね!(もふもふ的な意味で) 吉元ますめ『くまみこ』第2巻 | トップページ | その物語の広がりようは百合とコメディという2軸だけでは測れない、女子高生たちの恋や友情や青春や恋を描いた連作短編集 缶乃『あの娘にキスと白百合を』第1巻 »
「マンガ」カテゴリの記事
- 【アイうたBD発売アドカレ】タターン! AIやロボットが登場するマンガを紹介します♪ その2 #アイの歌声を聴かせて(2022.07.26)
- 【アイうたBD発売アドカレ】タターン! AIやロボットが登場するマンガを紹介します♪ その1 #アイの歌声を聴かせて(2022.07.21)
- 時に生々しく、時にフェティッシュに。アパートの一室で育まれた恋や禁断の恋などを描いた珠玉の短編集! 時計『AV女優とAV男優が同居する話。』(2016.10.11)
- 恋する乙女はめんどくさいの! 宇佐美さん安定の片想いに部長の幼なじみ登場と、美術部は今日も平和です。 いみぎむる『この美術部には問題がある!』第6巻(2016.06.25)
- 誰が敵で誰が味方なのか。誰が悪で誰が正義なのか。劇場版『[新編]叛逆の物語』を初めて見たときのドキワクを思い出させてくれる物語。 ハノカゲ『魔法少女まどか☆マギカ[魔獣編]』第2巻(2016.06.16)
「感想」カテゴリの記事
- 【アイうた感想】劇場アニメ『アイの歌声を聴かせて』がどうして刺さったのかを5つの要素で考えてみた #アイの歌声を聴かせて(2022.02.28)
- 時に生々しく、時にフェティッシュに。アパートの一室で育まれた恋や禁断の恋などを描いた珠玉の短編集! 時計『AV女優とAV男優が同居する話。』(2016.10.11)
- 恋する乙女はめんどくさいの! 宇佐美さん安定の片想いに部長の幼なじみ登場と、美術部は今日も平和です。 いみぎむる『この美術部には問題がある!』第6巻(2016.06.25)
- 誰が敵で誰が味方なのか。誰が悪で誰が正義なのか。劇場版『[新編]叛逆の物語』を初めて見たときのドキワクを思い出させてくれる物語。 ハノカゲ『魔法少女まどか☆マギカ[魔獣編]』第2巻(2016.06.16)
- IT系ブラック企業の社畜がこんなに可愛いわけがない。読むと「今日も一日がんばるぞい!」という気力がもりもり湧いてくる(かもしれない)、すべての働く人への応援マンガ! ビタワン、結うき。『いきのこれ! 社畜ちゃん』第1巻(2016.05.31)
「商業誌」カテゴリの記事
- 時に生々しく、時にフェティッシュに。アパートの一室で育まれた恋や禁断の恋などを描いた珠玉の短編集! 時計『AV女優とAV男優が同居する話。』(2016.10.11)
- 恋する乙女はめんどくさいの! 宇佐美さん安定の片想いに部長の幼なじみ登場と、美術部は今日も平和です。 いみぎむる『この美術部には問題がある!』第6巻(2016.06.25)
- 誰が敵で誰が味方なのか。誰が悪で誰が正義なのか。劇場版『[新編]叛逆の物語』を初めて見たときのドキワクを思い出させてくれる物語。 ハノカゲ『魔法少女まどか☆マギカ[魔獣編]』第2巻(2016.06.16)
- IT系ブラック企業の社畜がこんなに可愛いわけがない。読むと「今日も一日がんばるぞい!」という気力がもりもり湧いてくる(かもしれない)、すべての働く人への応援マンガ! ビタワン、結うき。『いきのこれ! 社畜ちゃん』第1巻(2016.05.31)
- 現在進行形の青春と過去の青春が錯綜する高校生たちの物語 佐々木ミノル『中卒労働者(ワーカー)から始める高校生活』第6巻(2016.06.01)
この記事へのコメントは終了しました。
« ゆうべはおたのしみでしたね!(もふもふ的な意味で) 吉元ますめ『くまみこ』第2巻 | トップページ | その物語の広がりようは百合とコメディという2軸だけでは測れない、女子高生たちの恋や友情や青春や恋を描いた連作短編集 缶乃『あの娘にキスと白百合を』第1巻 »
コメント