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2014/05/11

ブルマにメンコに蚊帳にスケバン。1985年の名古屋を舞台に、サボテン屋敷に住む小学6年生・優子の日常を描いた物語。 桐原いずみ『サボテンの娘』

『サボテンの娘』

 時は1985年、昭和末期の名古屋市郊外。父親が丹精込めて育てたサボテンが家を取り囲むがゆえに同級生から「サボ子」「サボテンの娘」とあだ名される優子は、父方の祖父母、両親、そして年の離れた双子の弟妹と7人家族で暮らす小学6年生。『サボテンの娘』はそんな優子が家族や友だち、近所の人々と送る日々を描いている。

 今から約30年前の1985年と言えばバブル景気の前年であり、まだ日本が永遠に成長すると多くの人が信じていた時代だった。この年につくばで開かれた科学万博は来る21世紀の入口に立つ時代の象徴となったし、この年に登場した「スーパーマリオ」や「おニャン子クラブ」は後のゲームやアイドルのブームに大きな影響を与えた。また、電電公社と日本専売公社が民営化されてNTTとJTになったり、男女雇用機会均等法が定められたりと、社会が大きく変わり始めた年でもあった。そういう年に優子は今生きている。

 このマンガは優子を中心として描かれているが、2014年現在であれば41歳となっているであろう優子の回顧録ではなく、あくまで1985年に12歳である優子の視点から綴られた日記となっている。優子はこの先どんなことが自身に対して起こり、どんなことが社会で起こるかを知らない。「昔はよかった。それに比べて今は」といった言説もない。小学校に通う12歳の少女として、三世代家族の一員として、下に3歳の双子がいるお姉ちゃんとして、ツッパリになった隣家のお姉さんに憧れるお年頃として、1985年の名古屋で送る優子の日常をこのマンガでは描いている。
 優子が悩むのは社会を揺るがすような変革や事件事故に対してではない。優子が悩むのはサボテンばっかりかわいがるお父さんに対してであり、上がらない成績に対してである。
 優子が喜ぶのは上昇気流の経済情勢でも画期的な制度改革でもない。優子が喜ぶのは仲の良い友だちがサボテン屋敷に泊まりに来たことであり、珍しい牛乳キャップを手に入れたことである。
 このマンガは気の置けない親友たちとかけがえのない時間を過ごしたり、ままならない出来事に「人生は世知辛い」と嘆いたり、サボテンを猫かわいがりするお父さんや「忙しい」が口癖のお母さんと喧嘩したりと、1985年の今を精一杯に生きる優子を描いている。

 なぜ1985年の名古屋という時代と場所が選ばれたのか、この後話がどの時代まで続くのかはわからない。だが、今から30年前の名古屋にいたかもしれない少女の日々は、おそらく2014年の現在を生きる子どもたちと変わらない一喜一憂の毎日であり、「大人になったら思い出す程度でいい」(p.80)ありふれた日常である。

【出典】
・桐原いずみ 『サボテンの娘』第1巻、双葉社<アクションコミックス>、2014/5/10発行
株式会社双葉社 | サボテンの娘 1(サボテンノムスメ) | ISBN 978-4-575-84408-5→試し読みあり
UNI・SEX→作者のサイト

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