クロが見せる猫っぽい仕草のかわいさとココが見せるさりげないちらりズムの妙――大きなお屋敷に住む幼い少女と黒い猫の物語 ソウマトウ『黒』第1巻
例えば道路に引かれた白いラインを踏み外すと落ちてしまう。例えば塀や木の日陰になったところから1秒以上出ると溶けてしまう。子どもの頃に一度はやったことがあるであろうそんな遊びは他の人には効かない摂理に従った見えない何かとの戦いである。人はその遊びを通じていずれ社会に出たときに立ちはだかる自分の力ではどうにもならない理不尽な要求やあれこれに向かい合うための訓練をするのだ。なーんて。
『黒』はココとクロの物語だ。ココは推定10歳の少女だが大きなお屋敷にたった1人で暮らしている。ココには両親などの身内はいないが、クロという名の飼い猫がいる。小柄な体躯に真っ黒な毛並みをし、ココや紙袋にじゃれつく姿は猫そのものである。
しかしクロは猫ではない。誰がどう見ても猫ではない。目は常時表に現れず、顔面と思しき場所に穿たれた口と思しき穴にはサメのように三角の歯が円形に並ぶ。「にゃー」ではなく「ピギャー」と鳴く。誰がどう見ても猫に分類される動物ではない。そもそも動物かどうかも怪しい。口から鋭利な触手を伸ばし怪物と戦う。ときどき不定形になったりたくさんの目が体中に現れたりする。誰がどう見ても猫どころか、どんな生物にも当てはまらない。
そんなクロがココという1人ぼっちの少女を守っている。ココが生きる世界、暮らす町にはとあるルールが存在する。道を外れると怪物がいること。線を引かれた内側の「道」には怪物は入れないが、「道」から一歩でも外に出るとそこは怪物の巣窟である。子どものごっこ遊びではなく現実として、怪物はココや町の人々の前に姿を見せ襲いかかる。
その怪物を町の人たちはとある方法により見ることができる。だが、ココは怪物を見ることができない。見ることができないがゆえに怪物の存在にも気づかない。見ることができないがゆえに怪物から身を守ることもできない。見ることができないがゆえに町の人々から気味悪がられる。
そんなココを守るのがクロの役目だ。クロは猫に擬態してココを怪物から守っている。クロは猫として振る舞いながらココが怪物に出会わないように気を配っている。クロは猫のように甘えながらココを寂しさから遠ざけている。クロは誰がどう見ても猫ではない。だが、ココにとってクロは猫である。ココが猫だと思えばクロは猫なのだ。
ココがなぜ両親を失ったのか、クロが猫でなければ何なのかは1巻ではまだ明らかになっていない。それでも言えることが3つある。
クロがココにとって目であること。怪物を見ることのできないココの代わりにクロはその目となって手足となって怪物からココを守る。
クロがココにとって道を照らす灯りであること。クロが蛍を口に含んで発光する描写があるが、クロは年端のいかないココが大人になるための道程に灯りを点して一緒に歩んでいくだろう。
クロがココにとって家族であること。クロが猫であるかどうか以前にクロはココにとってたった1人の苦楽をともにする家族である。
ところで、ココが黒い服を着ていることが多いのはココ自身は黒い服と思っていないからだろうか。ココが怪物を見ることができないのは実は単に現実から目を逸らしているだけだからか。ココは本当にクロが猫であると心の底から信じているのか。そう考え始めると、途端にこの物語は不気味さを増してくる。クロが見せる猫っぽい仕草のかわいさとココが見せるさりげないちらりズムの妙とともに今後も注目していきたい。
【出典】
・ソウマトウ 『黒』第1巻、集英社社<ヤングジャンプコミックス>、2014/5/24発行
・となりのヤングジャンプ:黒→連載中、試し読みあり
・漫画家 ソウマトウのウェブサイト|まよいばし→作者のサイト
【関連記事】
・化物は何なのか。黒猫のクロは本当に猫なのか。ココという少女は一体何者なのか。謎が謎を呼び、そして迎える急展開。チラリズムももちろんあるよ! ソウマトウ『黒─kuro─』第2巻(2015/3/20追記)
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