わたしのはじめて、教えます…! うれしはずかし黒歴史? 温故知新にあふれるあの同人サークルの今昔物語。 Circles' Square『処女作、集めました。』(処女作本)
はじめてのおつかい、はじめてのチュウ。誰にだって何にだってはじめての経験というものはある。そう、ナニにだって。え? まだ経験してないって? お、おう……。
ということで、様々なジャンルで活躍するあの同人サークルのはじめての同人作品に迫った同人誌『処女作、集めました。』、通称「処女作本」が超絶おもしろかったという話。
サークル「Circles' Square」の本をはじめて読んだのは2013年の夏の祭典で頒布された『修羅場より愛を込めて』、通称「修羅場本」だった。その同人誌は修羅場とは何か、そもそも修羅場がなぜ発生するのかといったテーマに対し、数多の同人サークルへのインタビューを交えながら同人作品づくりにおける修羅場の艱難辛苦や悲喜交々へと肉薄していた。それは同人活動をする者にとってはおそらく馴染みのある空間を再現したものであり、それらにあまり縁のないいわゆる読み専の人間にとっては同人活動の一端に触れられるものであり、いずれにおいても興味深く読めるという比類なき評論本だった。そんなすごい本を作ったサークルが次の冬の祭典では「処女作」にまつわる本を作るというのだから興味が湧かないことがあるだろうか。いや、ない。
そうして訪れた2013年末の冬の祭典。会場で頒布される予定だった『処女作、集めました。』は無料配布のプレビュー版という形で世に登場した。なんということでしょう! 夏に修羅場本を出したサークルがその次の冬は修羅場を抜けられないという事態に陥るとは……。同人活動の修羅場とはかくも恐ろしいものなのか。無茶しやがって! Circles' Squareさんはその身を挺して修羅場の恐ろしさを俺らに教えてくれたんや!
しかし、そのプレビュー版がプレビューの段階で既にしておもしろかった。異なるジャンルと背景を持つ4つのサークルを取り上げ、最初の1作目、「処女作」と今の作品を並べて紹介するそのスタイルは、そのサークルが今までに刻んできた歴史が垣間見えるようで、今までそのサークルに触れる機会のなかったことが悔やまれるような作りをしている。プレビュー版でこんなにおもしろいのだから完全版はどえりゃー本になるに違いない。
で、2014年3月。ねんがんの 処女作本を てにいれたぞ! そんな使い古された定型文を使うことが申し訳なるぐらい、満を持して登場した『処女作、集めました。』はすごかった。作者が親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙なくしては見られなかった、というお決まりの文句を使うのが申し訳なくなるほどむせび泣いた。ジャンルも活動期間も趣味嗜好も考え方も異なる26の同人サークルが処女作にかけた情熱、最新作に込めた願い、処女作を振り返って語る思い出、そして同人作品の受け手に向けた真摯な眼差し、そういったサークルの立ち上げから現在に至るまで消えることのない熱い想いが44ページの本からひしひしと伝わってくる。処女作本を読む前と読んだ後とで本がずっしりと重くなったように感じたのは多分気のせいなんかではない。
ところで、「処女」という言葉は単体で使うと時と場合によっては白い目で見られるのに、他の単語と組み合わせると格調高い言葉になる。処女作、処女航海と言えばプレスリリースや式典などのフォーマルな場で使用してもまったく違和感がないのに、例えば職場で雑談がてら「処女! 処女!」と連呼していたら隣席の新人ちゃん(♀)にゴミクズを見るかのような目で見られることは避けられないだろう。本当にありがとうございました。
ただ、「処女」という言葉に象徴されるようなはじめての経験がいちばん恥ずかしいのは実はその最中ではない。ひととおりすべて終わった後の、いわゆる事後がいちばん恥ずかしいのだ。事後いいよね、事後。事後絵ください。しかも、時間が経てば経つほど恥ずかしくなる。そりゃあ何十年も経って膝に矢を受ける頃ならば、若気が至ったセピア色の時代を振り返ってもそれほど恥ずかしくはないだろう。でも、まだ記憶が鮮明ではじめてのあの時を昨日のように生々しく思い出せる頃、(コピー機の)ぬくもりも(原稿の)肌触りもはっきりとその手や体に思い出せる頃に振り返るのがいちばん恥ずかしいと思う(個人の感想です)。
ひるがえって、『処女作、集めました。』は立ち上げから数年の比較的若いサークルから10年選手まで、処女作と最新作を並べることで故きを温ねて新しきを知ることができる本だ。初めのうちは慣れない手つきで、文字通り手探りで作った同人作品。ある人はその道の先達に手取り足取り腰取り教わったかもしれない。「すべて僕に任せてくれればいいから。君は天井のシミを数えている間に終わるから。ね?」と先輩に言われるがまま原稿を渡したらいつの間にか本になっていたり、「さっきっちょだけだから。ね? ね?」と言われてコピー機の手差しスロットを明け渡したらいつの間にかコピー本ができていたりと、積もる思い出は枚挙に暇がないことだろう。(原稿用紙という名の)柔肌を(消しゴムで)やさしく愛撫し、(神がかり的なネタという名の)キスで(原稿用紙の)全身に印を刻み、熱くたぎる一魂を(印刷所に)挿入して奪っ……作り上げた処女(作)。その時はきっと恥ずかしさなんて感じる間もないほど無我夢中で、原稿用紙が狂おしいほど愛しくて、そして原稿を印刷所に放出した後の賢者タイムではああすればよかった、ああすればもっとうまくできる、と次のことを考え始めているのではないだろうか。なぜ彼らは同人活動をするのか。「そこにネタや作品があるから」というお決まりの文句ではない、信念とも言うべき回答がこの本には綴られている。
そして、この処女作本と前作の修羅場本を合わせて読むと、どうして彼らが同人誌作りにぞっこんになっているかがよりわかる。初めての時にあんな激しい夜を経験してしまったら、忘れられるわけがない。よいネタや作品に巡り会うという希望よりも熱く、修羅場中の絶望よりも深い、人間の感情の極み、同人誌そのものと受け手への愛で同人誌はできているのだろう。
最後に本の柱にある「サークルさんのいい感じの一言」から1つだけ引用しておきたい。
「同人誌づくりの舞台裏に立ったことで同人誌を一冊作るのに必要な汗の多さを知り、修羅場に身を置いたことで涙の熱さを知り、人として優しくなれたかな、と……」(Circles' Squareさん、p.5)
って、自作自演やないですか(笑)。
そんなユーモアセンスあふれるサークル「Circles' Square」の活動理念には「人生を劇的に変える1冊を、叶うことならば未来の同人作家が同人を目指すきっかけになる1冊を作ることが私たちの目的であり願いです」(p.40)という一文がある。『処女作、集めました。』は同人サークルがはじめての作品からずっと抱き続けている想いだけでなく、同人作品を受け取った人々の胸に湧き上がった喜怒哀楽様々な感情をも孕んでいる。……って、処女作本だけに処女懐胎ですね、わかります。
【出典】
・シアン、かつゆー 『処女作、集めました。』 Circles' Square、2014/3/16発行
・Circles' Square <<サークルズスクエア>>→サークル「Circles' Square」のサイト。掲載サークルのリストはこちらから。
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