瓜二つな双子の雛霧姉妹がかわいい服をお揃いで着ているとかわいさ4倍な感じでぐうかわなのです。 今井哲也『アリスと蔵六』第3巻
想像によって事象を書き換えられるほどのハチャメチャな超能力を持つ紗名の来歴が明かされ、紆余曲折を経て紗名が蔵六とその孫娘である早苗の家族として迎えられるまでが1、2巻の話だった。3巻ではそれから6ヶ月が過ぎたある冬の朝から物語が始まっている。
正直に言えば、紗名と蔵六が衝撃的な出会いから大盛り上がりの超能力バトルを経て家族になるまでの一連の話で、読者的には1つの大きな物語を読み終えたぐらいの熱量を受け取ったつもりになっていた。テンプレ的な言い回しを使えば「いい最終回だった」である。ところが3巻を読むとそれがまったくの杞憂だったことがわかる。2巻までの話は1クールのアニメで言えば2話か3話あたりの導入編に過ぎなかった。もっとも、「いい最終回だった」は物語の途中にも関わらず最終回のような盛り上がりを見せた場合の感嘆として使われることが多いので、今思うと2巻の第8話はまさに「いい最終回だった」。
さて、家族を得た紗名の人としての次なる試練はお友達を作ることである。お友達の作り方にはいくつかあると思うが、紗名ぐらいのお年頃であれば学校へ通って同級生とご学友になるのが近道だ。まあ、学生当時から若くして闇の眷属を自認し、一匹狼として孤高の存在となっていた自分にはご学友など必要なかったがな。ククク……。……この話はもうおしまいにしましょうか……。
ただ、紗名には紗名が普通の子とは異なることから派生する問題があり、それが紗名が学校へ通うことを困難にしていた。その1つは紗名の体力が同年代のそれに比べて著しく劣ることだ。空気のように超能力が身近にあって、湯水のように超能力を使うことができるなら、直接体を動かさず最も効率的な方法で目的を達成しようとするのも無理はない。だが別の1つはさらにやっかいだ。
普通の人間とは異なる数奇な出自を持ち、彼我の境界が不明確だったという紗名は、一方で喜んだり泣いたり怒ったりといった様々な表情を見せ、おおよそ感情が欠落しているようには見えない。その紗名が胸を押さえながら「よくわかんないけどこのへんがこうモシャモシャする」(p.52)という。そして算数数学は得意だが国語や文章問題は苦手という紗名。これはあれだ。作者さえ解くことができないと噂される「作者の気持ちを答えなさい」というあれだ。そんなもん誰にもわからんよ。それでも「そのころ私の空想の世界と現実との境目はまだひどく曖昧で私は自分がなにものなのか分かっていなかった」(第1巻p.171)と大人になった紗名(?)が回想しているように、紗名はその生まれからハンデを背負っている。紗名がそれを埋めるのを手助けする存在。年の離れた蔵六や早苗には少し難しい、紗名と一緒に成長する存在。それが、紗名にその名を与え紗名の最初の友達になった雛霧姉妹であり、冒頭の女子小学生2人組なのだろう。
雛霧姉妹は区別を付けるために作られた表層の下に重い過去を秘めているようだけれど、それでも今は紗名に感化され再び世界に向き合おうとしている。おそらくとても賢いのだろうJS2人組はお互いだけを頼りにして一足飛びに大人になろうともがいている。そんな彼女たちが今紗名と出会い、ともに大人になろうとしている。
大人と言えば、十分な大人であるはずの蔵六が3巻では大人しい、というよりは丸くなったように見える。紗名と過ごしてきた半年の生活がそうさせたのか。あと、小学生女子の将来なりたい職業ランキングで常に上位に顔を出すおなじみの「お花屋さん」ではない、イベントや贈呈専門の花屋としての蔵六の仕事っぷりが見られるなど、3巻では幼女や女子小学生だけでなく蔵六爺さんも活躍していることを付け加えておきたい。
【出典】
・今井哲也 『アリスと蔵六』第3巻 徳間書店<RYU COMICS>、2014/4/10発行
・アリスと蔵六|月刊COMICリュウ→試し読みあり
・タイトル:未定→作者のサイト
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