そのおさげ少女、残酷につき。 板倉梓『ガール メイ キル』第1巻
作者は『少女カフェ』(芳文社)や『野村24時』(竹書房)のような萌えを前面に出したマンガを描く一方で、『あかつきの教室』(芳文社)や『タオの城』(芳文社)のような物語性の高いマンガも描いている。不動産のお仕事マンガである『なぎとのどかの萌える不動産』(講談社)は両方の属性がありちょうど中間に位置している感じがするが、『ガール メイ キル』も同じような立ち位置にあると思う。ただ、生きるか死ぬかの裏社会を舞台にした『ガール メイ キル』は不動産屋の人情話である『なぎとのどかの萌える不動産』とは別の意味で対極の存在となっている。
両親を亡くし単身生まれ故郷である中華街へと戻り、住み込みのレンタルビデオ店員として働く五本木アキ。そんな彼の下へおさげのよく似合う15歳の少女が引っ越してきたが、芽衣と名乗るその少女は中華街を牛耳るマフィアの一味として働く殺し屋だった。裏の社会を知らずに育ったアキと日常的に死と隣り合わせの世界で生きる芽衣の偶然の隣人関係が2人の生き方を変えようとしている――。
率直に言うとかわいい絵柄と重たい話がマッチしていないように見受けられる。芽衣が15歳のおさげ少女であることがこのマンガの要諦だが、『少女カフェ』で双子に混じって働いていても違和感のない芽衣がナイフや拳銃を片手に人を殺める姿はミスマッチ以外の何物でもない。
だが、それゆえに怖い。どういう展開になるのか、誰が生き残って誰が死ぬのか読めなくて怖い。殺し屋を続ける限りいつか返り討ちに遭って死ぬかもしれないと言うアキに対し、芽衣は「そんな可能性どこに居たってあるよ/だって人間は誰でも悪いところを持ってるでしょ?」(pp.35-36)と平然と返す。芽衣は15歳にして既に殺し屋という仕事を達観している。いや、15歳にして、という表現は正しくないのかもしれない。裏の社会で一人前の殺し屋として日々を人殺める芽衣にとって年齢は関係ないだろう。15歳という年齢とその見てくれは今しか使えない、相手を油断させるための道具でしかない。また、芽衣にとって人間は2種類しかいない。殺すべき人間か否か。上から指示された標的を殺す。自分に危害を及ぼす相手を殺す。たとえ芽衣がよく知った人間であろうとためらいなく殺す。良いか悪いかではない。ある意味単純な価値観に芽衣は支配されている。あまりに単純すぎて薄ら寒くすらある。芽衣はいつか凄惨な最期を遂げるかもしれない。芽衣がいつかアキをその手にかける日が来るかもしれない。作中でアキも言っているが、自分としては一度知ってしまった以上アキにも芽衣にも死んで欲しくはない。最悪の展開を想像すると先を読むのが怖くなるが、いっそ読者をどん底に突き落とすような救いのない物語になればそれはそれで一興だと思う自分がいる。
中華街に潜む裏の側面を知ってもあくまで表社会の倫理と価値基準で生き続けるアキと、可憐な姿に血と硝煙の臭いをまとわせる芽衣。芽衣がアキにすぐ懐いてアキと「普通の生活」をしたがるようになったのは、多分それまでの生き方の反動とか自分を違う世界へ連れ出して欲しいとかそういった単純な理由ではないのだろうけれど、それは次巻以降で確かめたいと思う。
それはそうと、『タオの城』にも描かれていたような経年劣化の激しいビルとかゴミゴミとした表通りとかうらぶれた路地裏とかは、『ガール メイ キル』の舞台に本当によく似合うと思う。
【出典】
・板倉梓 『ガール メイ キル』第1巻、双葉社<アクションコミックス(月刊アクション)>、2014/1/10発行
・WATTS TOWER→作者のサイト
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