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2013/12/17

痔主の人もそうでない人も、読んでためになる悲哀に満ちた抱腹絶倒のラブコメ痔ィ 大見武士『KISS MY ASS』第1巻

『KISS MY ASS』第1巻

 本の帯によると「日本人の3人に1人が患う」という痔。『KISS MY ASS』はもはや国民病と言っても過言ではない痔を主題に、高校生の恋と友情をユーモアたっぷりに描いた物語だ。

 私事になるが、今年の健康診断において人生で初めて要精密検査の通知を受け取った。通知を携えて近くの総合病院へ行くと検査に先立ってまず医師の問診を受けたが、その際に医師から伺った説明ではその所見となる原因の8割は痔、1割は炎症、1割はポリープ(内9割は良性)だという。血が検出される原因の8割は痔。その事実はこれからどうなってしまうのだろうと内心気が気でなかった自分に深く刻まれることとなった。その後大腸カメラなる検査を受けて後ろの初めてを大腸カメラに奪われることになるが、それはまた別の物語である。
 また、こういう話もある。今度大腸カメラを受けることになったという話をとある人にしたところ、その人は笑いながら言った。
「あー、引っかかっちゃったんだー(笑)。大丈夫大丈夫よくあることだから(笑)。僕もよく切れるんだけど、一度それで引っかかって再検査になったことがあってねー(笑)。それ以来引っかからないように検便のときは大丈夫かどうかちゃんと確認してから採るようになったよ(笑)」
 え? 「僕も」って何? お仲間認定ですか? 安心させようと思って言ったのだろうけれど、お仲間認定したよね? 痔友人認定したよね?

 さて、ここで痔友人とは何か? 痔友人とは「痔の友人と痔から自由になる事をかけてる」(p.34)言葉であり、『KISS MY ASS』に登場する痔主の1人にしてヒロインでもある三浦栞による造語である。この物語はそんな痔友人たちが主人公だ。
 高校1年生という若さながら大痔主となった薬師寺充輝は、クラスメイトの小松紗那に恋心を寄せながらも痔主であることが災いして次の行動に移せずにいる。だがそんなある日、薬師寺がいぼ痔をかばうため「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」ならぬ「立っても地獄! 座っても地獄! 歩く事すら真剣勝負!」(p.14)で特有の動きを見せていたところを三浦に気づかれてしまう。三浦に「痔友人」として認められた薬師寺は、三浦から痔についてのレクチャーを受けたり、三浦に三食の面倒を見てもらったりなど、三浦と二人三脚の闘病生活を始めることになる――。

 これが高校生ではなくておっさんが主人公だったらどうか。ある程度の長さを生き世の中の酸いも甘いも知ったおっさんならば、飲み屋で一杯引っ掛けながらの笑い話にもできるだろう。だが、薬師寺は高校生だ。高校という空間は同世代だけが集まる気楽さを持つ一方で閉鎖社会ならではの息苦しさを感じるものである。そんなところで痔主であることが知られてしまったら。痔の手術のために学校を休まなければならなくなったら。これが痔でなくて例えば骨折なら、クラスメイトや時には意中の子がお見舞いに来てくれちゃったりしてギプスに落書きなんかされちゃったりして輝かしい青春の1ページが増えちゃったりするのだろうけれど、痔の手術で入院しようものなら増えるのは黒歴史の年表だけだろう。骨折の治療で入院するのは名誉(?)なのに痔の手術で入院するのは不名誉。とかくシモの話に付きまとう恥ずかしさが痔の症状を悪化させるが、堪え難きを堪え忍び難きを忍んでも恥ずかしい思いをしたくない。それは実際に薬師寺と同じ立場になってみないと本当には理解できないに違いない。

 そんな痔との仁義なき戦いを縦糸に、薬師寺と小松の恋、薬師寺と三浦の友情が絶妙に絡み合っている。
 薬師寺は小松が気になっているが痔主ゆえにその想いを伝えることができない。三浦は薬師寺を痔友人として甲斐甲斐しく面倒見るうちに薬師寺に対する友情とは違う感情に気づき始める。小松はなにやら秘密を共有しているらしい薬師寺と三浦の関係が気になり始める。そうして見事な三角関係がそこに形成される。
 何よりも三浦の人物造形がイカしている。デフォルト無表情の眼鏡っ娘が自らのしょうもないギャグにプッと吹き出す。恋バナを振られては過剰に赤くなったりムキになったりする。そして、「約束したよね? いつか塗ってくれるって。私のお尻に…」(pp.2-3)という発言から醸し出される無自覚のエロス。これで墜ちない男子高校生がいるだろうか、いや、いない。
 つまり、『KISS MY ASS』は上質のラブコメを味わいながら同時に痔に対する見識を深めることができるという、1冊で2度おいしいマンガなのだ。『KISS MY ASS』はアーモンドグ○コのようなマンガなのだ。
 ちなみに、アーモンドは食物繊維を豊富に含むため便通が良くなるという、痔主にはマストの食品の1つだそうな(p.73)。

 それにしても『KISS MY ASS』とはなんともけったいなタイトルだ。直訳すると「私のお尻に口づけしろ」という扇情的な言葉になるが、実際にはスラングで「馬鹿野郎!」「ふざけんな!」などの挑発的な言葉として使われる。これをあえて前者の意味に捉えれば文字どおり薬師寺と三浦のお尻に薬を塗り合う仲のことを指し、後者として解釈すれば「痔の馬鹿野郎!」という痔に対する宣戦布告と考えることができる。
 『KISS MY ASS』のダブルミーニング。それは薬師寺、三浦、小松という3人の高校生が描く三角関係の行く末と薬師寺のいぼ痔がめでたく完治する未来の可能性を示しているのではないだろうか。

【出典】
・大見武士 『KISS MY ASS』第1巻 少年画報社<ヤングキングコミックス>、2013/12/16発行
ガムテで固定→作者が代表を務める同人サークルのサイト。

【関連記事】
俺たちの痔久戦はまだ始まったばかりだ! 読んでためになる異色のラブコメ痔ィ完結編。 大見武士『KISS MY ASS』第2巻(2014/7/21)

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