光輝く魔法少女の日々から一転、後悔と絶望が襲い来る破滅の始まり。 ハノカゲ『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語』第2巻
1巻では、5人の魔法少女と2人(?)のマスコットキャラとで力を合わせてナイトメアと戦う夢のような日々に疑問を抱いたほむらが、それが偽りの日常であることに気づくまでが描かれていた。その続きとなる2巻ではほむらによる真相解明を軸に語られている。ベベを守るために戦う強くて格好いいマミさんやほむらを諭す凜々しいさやかちゃんをいつでも心ゆくまで堪能できるという意味で、コミカライズの存在意義はとても大きい。だが、もはや原作となる劇場版を見すぎてコミカライズ単体を云々することは難しいため、ここではキュゥべえの台詞にあった「現実世界には既に存在しないキャラクターが奇妙な形で参加している」(p.122)について考えてみたい。
『叛逆の物語』で好きな場面の1つは「真実なんて知りたくもないはずなのにそれでも追い求めずにはいられないなんて、つくづく人間の好奇心というものは理不尽だね」(p.112)から始まるキュゥべえの広長舌がある。それまでは「きゅー」としか鳴かず、まるで魔女っ娘もののマスコットキャラのように愛らしい振る舞いしか見せなかったキュゥべえが、前述の台詞から一気に種明かしを始めるといつも「それでこそ我らのキュゥべえさんや!」と思ったものだ。そのキュゥべえが偽りの見滝原市の外側を見せたときの滅びの未来のような荒涼とした光景と、「現実世界には既に存在しないキャラクターが奇妙な形で参加している」と言ったときの「現実世界には既に存在しない」が表す意味がどうにも引っかかっている。
キュゥべえの「現実世界には既に存在しないキャラクターが奇妙な形で参加している」とは、ほむらが自身のソウルジェム内に作り出した世界にはマミさんや杏子、仁美など、ほむらが誘い込んだ親しい者たち以外は表情の判然としない奇妙な姿で存在していることを指している。では「現実世界には既に存在しない」とはどういう意味なのか。字義通りに捉えれば「現実世界では既に亡くなっている」という意味になると思われるが、それはキュゥべえがほむらに見せたソウルジェムの外側の世界、滅びを迎えたように見える世界と符合する。ではなぜ世界は滅んでしまったのか。
p.123前後にあるキュゥべえの台詞から、ほむらの世界に具現化した鹿目まどかはかつて別の時間軸において「すべての魔女を生まれる前に消し去る」という願いを叶え、魔法少女の間で「円環の理」として言い伝えられる概念として、宇宙にあまねく存在となったあのまどかであることがわかる。ところが、その「円環の理」という力尽きた魔法少女の魂を回収するシステムには重大な欠陥があった。
1つ目はほむらが「円環の理」の正体を覚えていたことだ。ほむらがバックドアとなってキュゥべえに「円環の理」システムへ介入する隙を作ったことが『叛逆の物語』の端緒になっているが、このことはどんなシステムでも脆弱性の原因を作るのは多くの場合人間であることをたとえていて実に示唆に富んでいる。
2つ目は、これが世界が滅ぶに至った直接的な原因になっていると考えられるが、「円環の理」システムの主要機能を担っている鹿目まどか、いわゆるアルティメットまどかが、同時多発的に存在できるように見えて実は現在過去未来を通じて常に1人しかいないことだ。ほむらのソウルジェムの外側に広がる滅びの世界は魔女によって滅ぼされた世界ではないだろうか。
アルティメットまどかがほむらによって囚われの身となっている間、彼女は偽りの記憶を与えられ鹿目まどかとして生きていた。それが時間にしてどの程度だったのかはわからない。だが、その間に力尽きた魔法少女たちの魂は再編される前の宇宙と同様に絶望を撒き散らす存在=魔女として生まれ変わり、やがて世界を滅ぼしてしまったのではないだろうか。もちろん、そこには再編される前の宇宙と同じように魔獣と戦うべき運命を背負った魔法少女がいた。ただ、まどか再編後の宇宙で魔女に成り代わって呪いを集める存在となっていた魔獣は、その動作や倒した後に得られる報酬から類推するに魔女ほどの力は持っていないと思われる。つまり、魔獣を相手にする魔法少女はより強力な魔女と対峙する魔法少女と比較して相対的に弱体化していると考えられる。そんなところへワルプルギスの夜のような強大な力を持つ魔女が1体でも現れれば、世界の1つや2つ滅ぼしてもおかしくはない。
もっとも、このことは今まで魔獣としか戦った経験のないマミさんや杏子がほむらや使い魔と対等に渡り合えたことと矛盾するようにも思える。そのため、まどか改変後の魔法少女はあくまで「総体として相対的に弱い」というだけであり、中には魔女にも打ち勝つような強い魔法少女がいることだろう。また、『叛逆の物語』でのマミさんや杏子はさやかやベベに知らず知らず鍛えられていた可能性もある。ただ、もしアルティメットまどかがすべての時間軸を通じて同時に存在できるのであれば、アルティメットまどかが鹿目まどかである間も最期を迎えた魔法少女は救済され魔女になることはなく、ひいては世界が滅ぶこともなかっただろう。そういう意味で「円環の理」システムは唯一魔法少女の回収機能を持つアルティメットまどかがプリエンプティブマルチタスクだったことが問題だった。
なお、これらを踏まえると、キュゥべえに「君たちもまた円環の理」と指摘されたさやかが「円環の理の鞄持ち」と称したのは、さやかやなぎさはアルティメットまどかの記憶や力を預かり彼女の先兵として彼女を守ることはできるが、魔法少女の魂を回収する能力は持たないことを表していると思われる。
以上より、『叛逆の物語』で描かれる偽物の見滝原市の外側の世界、ほむらのソウルジェムの外側の世界、墓碑を思わせる十字架や崩壊した建物と思われる瓦礫が広がる荒涼とした大地は、アルティメットまどかによって浄化されなかった魔法少女のなれの果て、すなわち魔女が滅ぼした世界である。
同時にそれはほむらがどうして悪魔となってまで世界を改変させたかを導き出す。ほむらはキュゥべえの手によって自身が置かれた状況を目の当たりにし、まどかが祈りを捧げた世界が既に滅んでしまったことを理解した。まどかが自分自身を犠牲にしてまで守った世界が滅んだことを。ほむらにとってそれはまどかが失われてしまったことの次ぐらいに絶望的なことだったのではないだろうか。まどかの祈りが無駄になってしまう。まどかの願いが無になってしまう。魔女がいても駄目。魔女がいない世界も駄目。それならばいっそ魔女と共存する世界にしてしまえばいい。
ほむらが改変によって作り出した世界がどのようなものであるか、明確には語られていない。しかし、コミカライズでは3巻で描かれることになる、ほむらが改変した後の魔女の使い魔が跋扈する世界。それは魔女との共存が図られた何らかの理にしたがっているように見える。そして、それはまどかがアルティメットまどかとしての力を振るわなくてもよい世界であることを示す。魔女が呪いを撒き散らさず人々の害悪とならない存在であれば、まどかが「円環の理」として魔女になるであろう魔法少女の魂を回収する必要はない。そうすればまどかが効率のよいエネルギー回収システムとしてキュゥべえに支配されることもない。ほむらが改変によって作り出した世界は、ほむらが望んだとおりの、まどかがまどかとしてまどからしく生きる世界である。
劇場版前後編ではまどかによって魔法少女救済のためのシステムが構築され、新編ではほむらによってまどかというシステムを救済するためのシステムが作られた。では、ほむらはいつ救済されるのか。悪魔ほむらが再編した世界では彼女自身が示唆しているとおり、まどかはいずれほむらと敵対する存在となるかもしれない。ほむらははたして救済されたと言えるのか。その辺りに次なる物語へのヒントが隠されているように思わずにはいられない。
【出典】
・著・ハノカゲ、原作・Magica Quartet 『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語』第2巻、芳文社<まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ>、2013/12/12発行
・ハチャ→作者のサイト。
・劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語→公式サイト
・劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語 感想というより単なるメモ(ネタバレ含む)→劇場版2回目を見た時点での感想というより単なるメモ。
・劇団ハノカゲーの演出に彩られた魔法少女たちのナイトメア退治がぐうかわいい! ハノカゲ『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語』第1巻→第1巻の感想。
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