天才プログラマーの女子高生が開発するのはアレに使うナニかだった。抱腹絶倒のとっても真面目なお仕事ラブコメ、此ノ木よしる『SE』第1巻
アジャイル型の恋でお互いに想いを募らせてゆく大卒新米SEと天才プログラマーの女子高生に、男性向けの自家発電装置を作るというシステム開発の仕事を絡めてウォーターフォール型の物語と為す、それが『SE』というマンガだ。
今世の中にはシステムがあふれている。毎日使うパソコンやスマホはもちろん、ハイブリッド車でも医療機関でもシステムはなくてはならないものであり、それこそキッチンタイマーのような小さなものから発電所のような大きなものまで、名もなき技術者が夜を徹し体に鞭打って作り上げたシステムによって日々稼働している。そんなシステムを作る専門家がシステムエンジニア、通称SEだ。
と、ここでごく自然に「夜を徹し体に鞭打って」と書いてしまったが、このマンガの帯にもあるとおりSEは「激務」「薄給」といったいわゆるブラック企業が持つ特徴を体現したような職業であり、しばしば会社に飼い慣らされ自我を失った存在である「社畜」と同一視されることもある。やれ設計が終わらないのにコーディングのフェーズに突入したとか、やれシステムテストも終わりにさしかかっているのに重要な要件が漏れることに気づいて仕様変更が入ったとか、胃の痛くなるような話は枚挙に暇がない。その上、100人月かかるという見積もりを出したらその次の日にどこからともなく100人の技術者が集められたとか笑えないような冗談もある。10人で10ヶ月かかるシステムが100人いたら1ヶ月でできると思っているのかよ! 「画面に項目1個追加するのなんて簡単でしょ?」じゃねーよ! テスト最初からやり直しになるんだよ! やめろ……もうその手の話はやめてください……。
さて、『SE』はそのタイトルが示すとおり、SEを目指している大学生の丘史郎(22)が電車の中で一般的な女子高生には似つかわしくない技術書を読んでいた高島百香(17)を見初めたところから始まる。紆余曲折を経て駆け出しのSEとなった丘は、女子高生でありながら天才プログラマーとして会社を切り盛りする百香と再会を果たし、やがてアレに使うナニかを開発する技術者として物語の渦に巻き込まれてゆく。丘はアレやナニについて熱っぽくプレゼンする百香に魅了され、ペアプログラミングと称しては百香とイチャイチャコーディングし、バグ退治のご褒美にアレがナニでアレして……。
って、いやいやいやいや、そんなことあり得ないから! 女子高生と並んでペアプログラミングとか期待しようもないから! アレでナニした感想を女子高生と対面レビューするなんて夢物語だから! 女子高生にコーディングの不備をずけずけ指摘されるなんて我々の業界ではご褒美だから! 畜生……ちくしょう……。どこへ行けば女子高生と密着してペアプログラミングできるんだよ……。リク○ビから「社長が女子高生」で検索すればそういう会社を紹介してくれるのかよ……。
いけないいけない。また同じパターンにはまるところだった。そんなんだから無限ループなんていうつまらないバグを仕込むんだよ。やめろ……もうその手の話は以下略。
上記でペアプログラミングやプレゼンについて触れたが、SEを扱うお仕事マンガらしく、デバッグや問題解決アプローチなどSEの人はもちろんSEでない人も読んで楽しめるようになっている。「ただいい物を作るだけじゃダメなんです」(p.44)とお客様が心から望む商品を常に考える百香のビジネスに対する姿勢はとても真摯だ。そんな百香の仕事から、あるいは百香を支える社員たちの姿からは自分の仕事に役立てられる事例が見出せるに違いない。ただ、古傷を抉るような事例もなきにしもあらずだけれど。
そして、このマンガはラブコメである。電車の中での一件をきっかけにお互いに興味を持ち、やがて一緒に仕事をするようになってさらに近づいた丘と百香。詳しい内容はまだ語られていないが、百香には夢がある。丘はそんな百香に共鳴し百香の力になろうとする。百香はそんな丘を見て、丘がSEとして成長する姿を見てますます興味を深める。そんな2人の恋愛を彩るのが特殊なシステムの開発を行う仕事だ。
作者は以前マンガ家のお仕事ラブコメを描いていたが、その手腕は舞台をSEの現場に変えたこのマンガでも遺憾なく発揮されている。丘と百香がこの先に待ち受ける困難をどのように乗り越えていくのか。丘と百香の恋の行方はどうなるのか。百香が抱く夢の片鱗と抱かざるを得ない理由も明らかになるであろう2巻を待つばかりだ。
部品と装置を集めればある程度簡単に組み立てられてしまうと言われる液晶テレビやデジカメなどでは苦戦が続く日本。それに対して日本が従来より得意としてきたのは熟練工の腕がものを言うすり合わせの技術である。そう、他でもない、百香が夢を託し丘が叶えようとしているナニに使うアレこそ、プログラムと機械と生身のすり合わせの技術、もとい、こすり合わせの技術がものを言うデバイスだ。百香と丘が作ろうとしているのはちっぽけな自家発電装置などではなく、近い将来日本の産業を背負って立つ夢の発電所なのかもしれない。
【出典】
・此ノ木よしる 『SE』第1巻、白泉社<ジェッツコミックス>、2013/12/5発行
・此ノ木よしる「SE」| ヤングアニマル→第1話が試し読みできる。
・此ノ木よしる公式HP→作者のサイト。
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