小学校最後の夏に知ったクラスメイトの秘密と神様がついたやさしくて残酷な嘘の物語。 尾崎かおり『神様がうそをつく。』
3月生まれで小柄ななつると、ランドセルが似合わないほどすらりと背の伸びたクラスメイトの理生(りお)。あまり接点のなかった2人が、小学校最後の夏に起きた出来事をきっかけに理生が抱く秘密を共有し、やがてお互いに特別な感情を抱くようになる――。子どもと大人それぞれが抱える事情、社会の暗部、教え導くこと、そして誰かを守ること。『神様がうそをつく。』は子どもから大人へと変わろうとするごく普通の少年と少し大人びた少女の目を通してそれら学校では教えてくれないことを描いた物語だ。
ラノベ作家の母親と2人で暮らす七尾なつるは転校直後のある時期をきっかけにクラスメイトの女子から無視されるようになるが、そんなことは意に介さず得意のサッカーに熱を上げる日々を送っている。ある夏の日、サッカーの帰り道になつるが拾った子猫を鈴村理生が引き取ることになったことから、なつると理生と理生の弟である勇太と「とうふ」と名付けられた子猫の3人+1匹の関係が始まる。
そんな導入から始まるなつると理生の物語は、登校日やサッカー教室、夏祭り、夕立、昆虫など、小学生の夏を彩るキラキラとしたものたちに囲まれながら、どこか不安定な印象を与える。それもそのはず、彼らが共有している秘密は大人たちにはどうしても知られてはいけない類いのものであり、おそらく大人であるだろう読者からすればとうてい隠しおおせるようなものでないからだ。理生はもちろんそのことを知っているだろうし、なつるもうすうす感じてはいるだろう。だが、理生は秘密を秘密として押し通し、なつるは理生のために隠し通すことを選んだ。一度でも最後まで読めば、その秘密がどれだけ理生にとって筆舌に尽くしがたく、普段は底抜けに明るい勇太をしてその表情を消させ、本来無関係であるはずのなつるに苦渋を強いたか、想像に難くないだろう。
だが、子どもたちが大人たちから隠さなければならない秘密、その原因を作ったのもまた大人たちだ。
この子どもたちの物語に登場する大人はとても少ない。その少数の大人がなつるに、理生に物を言い、ときに彼らを導き、ときに彼らを縛り付ける。
なつるの父親も理生の父親も、なつるの新しいサッカーコーチも、誰も間違ったことは言っていない。彼らの言葉は虚飾もあるだろうが本心であり、ある意味では真実でもあるだろう。ある者は信念のままに自分の思ったことを口にして子どもを追い詰め、ある者は既にいない存在に弱音を吐き、ある者は大切な人を安心させるために言葉を紡ぐ。言葉に詰まったとき、誰もがなつるのように「どんな理由があっても…悪いことだってわかっててもそれしかできない時ってどうしたらいいの!?」(pp.155-156)とぶつけられるわけではない。そういうふうにまっすぐに行動して、まっすぐに問いかけられるなつるが大人である自分から見ると少し羨ましい。
一方で、そのままではいられないことにもなつるはやがて気づく。
なつるや理生からするとだいぶ幼い勇太は、白い子猫に「とうふ」と名付ける独特のネーミングセンスと、フェンスを渡り歩いて地面に足を下ろさずに移動するなどのマイルールを持つ少年として描かれている。そういえば、小学生の頃はアスファルトに引かれた白い線を踏み外すと崖の下に落ちてしまうという遊びをよくしていた。いつしかアスファルトは単なる目的地への通り道になり、フェンスは登ったり遊んだりしてはいけない場所になった。作中にも、夕立に打たれる理生がなつるに向かって「大人になったらさ/こんな所で濡れながら雷見てたらおかしな人だと言われるよね/だから今のうちに濡れていようよ」(pp.110-111)と言う場面がある。大人になるとはきっとそういうことだ。
大人になって手に入れるのは分別か、ずる賢さか。大人になるのと引き替えに失うのは無限に広がる遊び場か、手の届く限りの狭い日常か。好きな人を守る力はいつになれば手に入れられるのか。物語の終盤、なつるに自分の想いを吐露するために理生が選んだ場所が実に象徴的だ。理生がそこを選んだのはそれが彼女にとって必然であり、諦念の表れであり、一種の願掛けだったのだろう。願わくは、彼らが大人になったときに自分の信じる道を進めていることを。
【出典】
・尾崎かおり 『神様がうそをつく。』 講談社<アフタヌーンKC>、2013/9/20発行
・イノセント・バッド→作者のサイト。
・神様がうそをつく。 / 尾崎かおり - アフタヌーン公式サイト - モアイ→第1話の試し読みができる。
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