仕方ないしーなメモ

　えっち本と言えば、こぢんまりした個人書店の奥の方にある薄暗がりに置かれたビニール本や県道沿いの自販機を思い出す。
　阿佐間弥彦は5年1組出席番号27番のメガネをかけた地味目な少年で、お年頃でもある彼は夢に見た女体に興味津々ながらもそれを確かめる術に乏しい。それでも何とか客入りのまれな本屋でえっち本の購入に踏み切ろうとするが、そんな弥彦に目を付けたのが、裕福な家庭に育ち、才色兼備、スポーツ万能でありながら勝ち気で偏屈な性格をしたクラスメイトの赤城更紗だった。その赤城が弥彦にえっち本を見せるという話を持ちかけたことから2人のえっち本探しが始まる。
　そういえば、この頃の女子は男子よりも総じて体格がよく、少しばかり大人びているものだったように思う。もしかするとあれからン十年が経ち、そういう言説ばかり見たり聞いたりしてきたため、多分にステレオタイプな見方をしているのかもしれない。それでも恐らく誕生日順に並んでいるのだろう出席番号1番の赤城と27番の弥彦とでは体力の違いがあり、性格的な違い、そして性に対する知識の違いもあって、弥彦は赤城の言に従い、ときに手や足を出されながらもえっち本探しに協力するようになる。帯にあるとおり、弥彦と赤城がえっち本を探す目的はそれぞれ異なっている。少年は夢に見た女体の神秘を確かめたい、なぜ「ここ」が固くなるのか知りたい。一方、少女は大人たちがなぜか隠すそれらを確かめたい、自分が生まれるに至った理由を知りたい。
　夢を見る少年と幻想を抱く少女。その2人が「そっちの方が物事が円滑に進むから／隠されるべくして隠されている」（p.176）えっち本を手に入れようと、早朝の森をさまよい、大人たちを出し抜こうと画策するに至ったのは、それが彼らの成長の糧だったからだ。

　はたして彼らを、知的好奇心（痴的好奇心？）を満たそうと必死になる彼らの姿を笑うことができる大人がいるだろうか。人気のない放課後の図書室で禁帯出のあの書籍を盗み見たことのない者だけが彼らを笑えばいい。学校や友だちの家で小耳に挟んだワードを自宅に帰ってからうっかり尋ね、言葉を濁されたり気まずくなったりした経験がない者だけが彼らを恥ずかしいと思えばいい。
　えっち本探しを通じて、弥彦と赤城はそれまでに知らなかった感情を知るようになる。弥彦は赤城が見せる表情に対して湧き上がる感情に気づき、赤城の秘密を垣間見て、やがてえっち本では知り得ない何かがあることを知る。身近な大人から命の存在を知らされた赤城がそのとき見せた表情はその瞬間地球上の誰よりも優しく、だからこそ赤城はえっち本の真実を受け入れることができたのだろう。相異なる目的をえっち本に求めた2人が見出したものは何だったのか。このマンガの最後の1コマがそれをキレイに物語っている。

　『PiNKS』は、人はいやらしくて恥ずかしいと言われる行為に身をやつすことで子を為すという事実を真っ向から捉え、愛とは、性とはという永遠の命題に小学5年生の男子と女子のえっち本探しという題材から迫るマンガだ。小学生のあの頃、ボールが友だちでゲームが冒険の仲間だった人も、2人と同じように夕暮れの薄光の中いかがわしい本を探すのが趣味だった人も、当時を偲びながら読めるのではないだろうか。
　あばたがえくぼだったことに気づき始めた弥彦と赤城の2人がこの先どんな大人へと成長していくのか。今からとても楽しみで仕方がない。

・倉金篤史　『PiNKS』　徳間書店<リュウコミックス>、2013/10/12発行
・宵待ち坂→作者のサイト。