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2013/08/25

夏といえば白いワンピースと麦わら帽子の女の子だよね!(現実逃避) Circles' Square『修羅場より愛を込めて』

Circles' Square『修羅場より愛を込めて』

 「修羅場の同人作家三日会わざれば刮目して見よ」と昔のエラい人が言ったとか言わないとか。

 大学生のときに所属していたサークル「文藝部」では新入生勧誘のためと春と秋の大学祭に合わせての年に3回ほど「部誌」と呼ぶ公式の同人誌を作っていた。
 大学祭がなぜ2回もあったのかはさておき、それぞれのイベントの直前に〆切を置いて「出せる人が出す」というスタンスで原稿を募集し、部員の誰かが編集者となって原稿の督促から編集、印刷用原稿の作成までを行う。本の制作は業者に出すこともあったが、自分たちで印刷して製本することもあった。自分たちで作る場合は印刷した原稿を広めの部屋に運び込み、机の上にページ順に並べた上でそれらを1枚ずつ取って重ね、中綴じ製本用のステープラーで綴じて本にする。4、5人もいると、1人が綴じ係になっても残りがぐるぐると机を回って紙を重ねる係をやれば100部くらいは余裕で作れた。
 ここでのポイントは「原稿は出せる人が出す」ことであり、これがあるがゆえに編集は〆切超過をさほど気にしなくてもよく、本の制作も期限までそれなりの余裕を持って行うことができる。つまり修羅場に陥ることはない。
 今にして思えば当時の文藝部に足りなかったのは修羅場なのではないだろうか。普段は日本酒を嗜むことが主な活動内容であり、三々五々集まってはマンガを読んだりゲームをやったり雀卓を囲んだりするのも大事なミッションではあった。しかし、「筆が乗らない」「箸より重いもの持ったことないの」「小生、若干すらんぷに陥っておりましてな」「ゲームが俺を呼んでいる」「俺より強い奴に会いに行く」などと言っては何も書かない、作家病に罹っている、ビッグ・セカンド・シンドロームを患っているだけの人々。そこには修羅場など微塵も存在しない。あまつさえ……って、おいそれ以上はやめろください死んでしまいます。自分はさておき、毎回部誌に連載小説やアレなゲームのレビューを書いたり、個人誌や突発の企画本を発行したりと、多くの部員は精力的に活動していたことは付け加えておく。

 「小説は読まれてなんぼである」とかつて教えを請うた大学教師が言っていた。どんなによい物語でも存在を認知されなければ始まらない、物語は読者を得て初めて完成を見る。その言葉を聞くまで、恥ずかしながら誰かに読まれることとは何かなど考えたこともなかった。読者を意識しない作品はただの作者の自己満足、手慰みである。
 その点、『修羅場より愛を込めて』でアンケートに回答を寄せた同人屋たちは違う。読者が少しでもおもしろいと思ってくれるもの、喜んでくれるものを作りたい。二次創作であれば自分がどれだけその作品を愛しているかを伝えたい、そして想いを共有したい。「修羅場に陥ってもあなたは何故、なおも同人活動を続けるのでしょうか」という問いかけに対して細々と綴られた回答からはそんな同人屋の魂の叫びが聞こえてくるようである。今回この本に回答した同人屋だけでもそうなのだから、全ての宇宙、過去と未来のすべての同人屋の願いを集めたら概念が書き換わるくらいでは済まないのではないか。
 この本は恐らく同人誌を作る人々の共感を得るだろうけれど、自分のような読み専の人間こそ読むべきだ。炎天下の行列に並び即売会の会場へやっとの思いで入ったとき、なぜ彼らが「新刊落としました」の掲示をするに至ったか、もぬけの殻のスペースに印刷会社のチラシを積むという苦渋の選択をしたのか、その一端がわかる。彼らは決して本業が忙しすぎて時間が取れなかったのでも提督業に精を出していたのでもない……と思う。ただ少しだけ俺の修羅場と修羅場が修羅場すぎただけだ。そして逆に目当てのサークルに新刊が並んでいれば、それは同人作家が修羅場より無事生還した証拠である。彼らは作品を少しでもよいものにすべくその身を修羅の道にやつし、冊子または円盤またはグッズetc.という形にして我々の手元へ届けてくれる。はたしてそれ以上の奇跡があるだろうか、いや、ない。しかし、その奇跡を与えたのは某アルティメットな神様でも「奇跡も魔法もあるんだよ」と言葉巧みにたぶらかす契約獣でもなく、正真正銘同人作家自身が私たちすべての希望になった証なのだ。

 おわかりいただけただろうか。冒頭に掲げた「修羅場の同人作家三日会わざれば刮目して見よ」とは、修羅場の前は影も形もなく、同人作家の妄想の世界にだけ存在していた物語が、彼らが修羅場を抜けたそのとき読者たる我々の前に顕現していることを意味する故事成語である。民明書房に載ってたってばっちゃんが言ってた。

【出典】
・シアン、かつゆー 『修羅場より愛を込めて』 Circles' Square、2013年
Circles' Square <<サークルズスクエア>>→サークル「Circles' Square」のサイト

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