中卒労働者でも恋がしたい! 通信制高校を舞台にしたボーイ・ミーツ・ガール、『中卒労働者から始める高校生活』第1巻
両親不在の家庭で妹を養うため中学校を卒業してすぐ工員として職に就いた真実(まこと)は、当の妹・真彩の高校受験失敗を機に兄妹で同じ通信制高校に入学することになるが、そこで出会ったお嬢様・莉央と「身分違いの恋」に落ちる。『中卒労働者から始める高校生活』は通信制という一般には馴染みの薄い高校を舞台にしたボーイ・ミーツ・ガールを描いた物語だ。莉央のぱんつを見ただけで好きになっちゃうとか真実くんもチョロいなあ。
自分が通っていた高校には全日制の他に定時制の課程があった。全日制のいくつかの教室は定時制と共有になっているが、机の抽斗や教室のロッカーは全日制の生徒が使用していて定時制の生徒は使えない。ときどき下校が遅くなったときなどに定時制の生徒が登校してくる姿を見かけたが、自分たちの日常が終わりを迎える頃、昼間とは違うもう1つの日常を過ごすために高校へ彼らはやってくる。同じ高校の生徒でありながら、全日制の生徒と定時制の生徒は日常も机の抽斗も共有していない。ただ共通しているのは同じ高校に所属しているという事実だけだった。定時制の高校でさえその程度の認識しかないのに、まったく接点のない通信制の高校はもう未知の領域だ。
『中卒~』で真実が通う通信制高校は週1日の授業とレポートの提出が課されている。真実や真彩は工員やアルバイトとして働きながら勉強してレポートを仕上げ、週に1回学校へ通い、2週に一度公民館で開かれる勉強会に参加している。一方、お嬢様である莉央は特に働いてはいないが、同じようにレポートを作り、学校へ行き、勉強会に出ている。通常であれば全日制のお嬢様学校に通っていてもおかしくはない莉央がなぜ通信制の高校へ通っているのか。
通信制というだけに『中卒~』で描かれるクラスにも様々な人がいる。シングルマザーとして幼い娘を抱えながら仕事と学業を両立させようと奮闘する若き母親。孫のような年の同級生に囲まれて勉学に励む喜寿の老人。3歳離れた兄妹が同級生になるのは序の口で、作中で描かれていないところでもあらゆる背景と事情を抱えた生徒が机を並べて勉強していることだろう。
と、わざとこのように書いてきたが、定時制や通信制などの全日制でない高校は何かを背負った人だけが通うところだという「共通認識」(あるいは「偏見」)がある。高度成長期時代には一般的だった中卒での就職が少数派になって久しく、2013年の今では大学全入時代と言われるほど大卒以上の割合が増えている。このマンガの主人公である真実は中卒から一念発起して通信制高校に入学したが、そのきっかけは真実が勤める工場に大卒の若者が着任し、真実が果たすはずだった役割を奪い、真実を否定するような言動を取ったことだった。自分にははたして真実に対してこの大卒者と同じ態度を取らない自信があるだろうか。
それでも不躾を承知で言うと、莉央が通信制を選んだ理由がとても気になっている。1巻でもその片鱗は描かれているが、今わかるのはそれが実に重く、恐らく暗く、それこそ莉央の人格形成にすら影響を与えているのではないかと思われることくらいだ。作中で莉央は真実の本当の姿を知るにつけ、少しずつ憎からず思うようになっている。一方の真実も、当初から莉央以外の人物に対しては本音をさらけ出してぶつかり合い、それまでとは違った関係を構築していたのに、莉央に対してだけは本心を出すことができずにいたが、それでも少しずつ素直な感情を見せるようになってきている。その2人を再び遠ざけようとするだけの何かを莉央は抱えている。真実と莉央にとっては皮肉なことだが、そしてラブコメなのでそりゃそうだと言われてしまえばそれまでだが、それこそがこのマンガの醍醐味になっている。
それにしても真実ほどではないが、重度のブラコンで凄まじいまでのアホの子っぷりを遺憾なく発揮してくれる真彩の存在には救われる思いがする。「名前を書けば受かる」と言われた志望校を不合格になるほどのアホの子で、常にその底抜けのハイテンションで自虐的になりがちな兄に灯りを点す存在である真彩。ところが、よくよく読むと意外と(?)聡明な印象を受けることもあるので、高校受験に失敗して通信制の高校に進学したのもすべては兄のために仕組んだこと、実は兄は妹の手のひらの上を回っているだけなのではないかと思えてくる。巻末おまけのブラコンマンガを読む限りでは本当にただのブラコンでアホの子なんだけどなあ……。
通信制高校という知られざる日常を舞台にして真実と莉央の恋がどのように転がっていくのか。真彩は本当にただのアホの子なのか。同級生にはそれこそ上は70代もいるが、なんだかんだ言ってもまだ10代、青春真っ盛りである彼らがどのような高校生活を送るのか。今後の展開が待ち遠しい。
#真実たちの高校生活を写したスナップをあしらった表紙絵がいい。
【出典】
・佐々木ミノル 『中卒労働者(ワーカー)から始める高校生活』第1巻、日本文芸社<ニチブンコミックス>、2013年
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