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2013/01/30

『ハヤチネ!』に見る田舎暮らし

岩手県知事もお奨めの『ハヤチネ!』第2巻

 大自然に囲まれた岩手県は大迫を舞台に、岩手弁を操る変な外国人の少女と、療養のため大都市から引っ越してきた三姉弟の交流を描いた『ハヤチネ!』。通信の発達により情報格差が少なくなり、ネット通販の台頭によりどこにいても好きな物が手に入るようになった今、また都市間交通の発展により日本が狭くなったとはいえ、都会と田舎の時間的、空間的、精神的な隔たりはまだまだ残っている。『ハヤチネ!』の主役である元・都会っ子たちはどうやって田舎暮らしに適応していこうとしているのか。

 『ハヤチネ!』の三姉弟は、真ん中の弟・誠司の小児喘息の療養のため、また両親を亡くして以降身を寄せていた祖父母の下からある意味逃げ出すため、大都市から大迫へやってきた。あまり表情を変えることのない下の妹・梢がどう思ったかはなかなか窺い知ることはできないが、一番上の姉・シマは超お嬢様学校に通う高校生であり、成績優秀、品行方正な生徒会長として名が知れていたことからご学友も多かったと思われる。耽溺する弟のためとはいえ、不便極まりない田舎へ引っ越すなど思い切った決断をしたものだ。そこには何の葛藤もなかったのだろうか。

 自分自身、小学校低学年の頃に現在は政令指定都市として県を代表する都市となった街から関東の端にある海辺の町に引っ越してきた経緯があり、三姉弟の都会から田舎へ引っ越したという点でその境遇に親近感を禁じ得ない。自分の場合は不便さを感じるにはまだ幼かったこと、元々親の実家があったことなどから、田舎へ引っ越したことについては特にどうとも感じなかった。……ように思うが、あれから数十年も経っていることもあって今となってはもう忘れているだけかもしれない。少なくとも「時々すごく不便だ!」と思ったのは特にマイナーな出版社のマンガを買うようになってからだ(当時はネット通販のない時代だったもので)。
 ただ、今思うと、お寺の庭で鬼ごっこをしたり陰謀ごっこをして遊んだ近所の友達や、長期休みに遊びに来ては裏山を探検したり川で泳いだりした従兄妹がいたればこそ、充実した田舎暮らしを送っていたように感じる。

 三姉弟にとって田舎暮らしの先駆者、国境を越えて大迫に住み着いた金髪碧眼の少女リリアンの存在があったことはとても大きい。リリアンは他人がどんなにつまらないと思うようなことでも楽しみを見出すことのできる人種だ(そのような人種には他に火星の水先案内人や四つ葉のクローバーのような髪型をした幼女が挙げられる)。リリアンは第1巻第1話で「何もない所」といった誠司を自分のテリトリーへと強引に連れ出すことで強制的に田舎の洗礼を受けさせた。それは恐らく「田舎が何もない所ではないこと」を示したかったというよりは、「一見何もないと思えるような田舎で楽しさを見出す方法」を教えたかったのではないだろうか。実際、『ハヤチネ!』で今まで描かれた話には朝市や祭りのようなイベント事もあるが、みんなで妖怪の扮装をしたり、郷土のお菓子を大人たちに教わったり、給仕する側とされる側に別れてわんこそば大会をしたり、という普通の――岩手における普通なので岩手の郷土色溢れる日常を描いた話の方が多い(もっともマンガなので、本当に岩手の人が毎日お菓子を作ったりわんこそばを食べたりしているかはわからない)。
 何もないと思ったら何かあるようにするにはどうすればよいか。不便だと思ったらどうすれば便利になるか。「どうすれば」を考えて行動に移すことで楽しみを作り、その過程も楽しんでしまう。リリアンというよき牽引役がいたことで、誠司たちはあっという間に大迫の暮らしに溶け込むことができたのだろう。もちろん誠司たちにそれを受け入れる素地があったこともあるし、誠司たちのおじであるアキラやリリアンの兄であるイアンを始めとしたリリアンと親しい人たちが、リリアンと一緒になって三姉弟が大迫での暮らしを楽しむことに一役買っていることもある。外から来た者と内で迎える者、その双方が歩み寄り楽しさを共有することが田舎に根差すための第一歩なのだろう。

シマちゃんマジ天使

 と、改めて指摘するまでもないような結論に至ったので、最後に少しだけに2巻のハイライトを挙げておきたい。
・「岩手県知事推薦」が「中国福建省茶葉分公司推奨」に勝るとも劣らない件。
・シマの肩の荷が下りた。
・ただでさえ実年齢よりも大人びていることに定評のある梢さんが一足飛びに大人の階段を上った。
・リリアンの給仕さんhshs
・誠司の割烹着hshs
・シマちゃんのポニテhshs
・シマちゃんのメイドさんhshs
・シマちゃんの水着prpr
・シマちゃんの以下略。
・シマちゃんマジツンツン。
・総じてシマちゃんマジ天使。


『銀河鉄道の夜』と『遠野物語』

 岩手と言えば、柳田国男が『遠野物語』を記した地であり、宮沢賢治がイーハトーブを見た世界でもある。花巻へは行ったことがあるけれど、大迫へは行ったことがないのでいつか行ってみたい。


【出典】
・福盛田藍子 『ハヤチネ!』第1巻、スクウェア・エニックス<ガンガンコミックスONLINE>、2012年
・福盛田藍子 『ハヤチネ!』第2巻、スクウェア・エニックス<ガンガンコミックスONLINE>、2012年
ハヤチネ! - 漫画 - ガンガンONLINE -SQUARE ENIX-

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