« 我々は今、ひとりのおねえちゃんとひとりの女子高生がそれぞれの百合恋に落ちる瞬間の目撃者になる。 伊藤ハチ『小百合さんの妹は天使』第2巻 | トップページ | 大量の蔵書を抱える本好きならば一度は気にしたことのある疑問に対し、古今東西の蔵書家を巡り書籍電子化の現実を経て、やがて予想もしなかった結末を迎えた著者による本にまつわる奮闘記 西牟田靖『本で床は抜けるのか』 »

2015/06/26

恋愛少女マンガ家の初めての恋と、「恋は盲目」を体現するひいろの勘違いと空回り――次巻完結に向け、起承転結の「転」を飾るにふさわしい1冊 深山おから『俺のぱんつが狙われていた。』第3巻

『俺のぱんつが狙われていた。』第3巻

 好きになった相手のぱんつが欲しくなるという特殊性癖を持つぱんつ娘、桜坂このみ。そのこのみが主人公の村上祐希に前代未聞の告白するところから幕を開けたラブコメディ『俺のぱんつが狙われていた。』も3巻を数えるに至った。巻末のあとがきによると『俺ぱん』は次の4巻で完結するという。村上が愛してやまない恋愛少女マンガの作者、花月橋るる=梅咲ゆいこの初めての恋と、村上とは互いに想いを寄せる存在である桃瀬ひいろの勘違いと空回りが渦巻く3巻は、まさに起承転結の「転」を飾るにふさわしい1冊となっている。

『俺のぱんつが狙われていた。』第3巻p.55

 村上がひいろとの少女マンガのような恋を夢見つつ、このみも憎からず思っていること。それは常時このみにぱんつを狙われているドキドキ感から来る吊り橋効果などではなく、1巻で描かれていたとおりこのみに――ぱんつを欲しがる特殊性癖を除けば――まるで少女マンガから抜け出してきたような印象を村上が抱いているからだ。その村上に、彼が望むような恋とは真逆の行動をしていると指摘する人物。それが村上のクラスへ転校してきたばかりの梅咲ゆいこ、村上が敬愛する少女マンガ家の花月橋るるその人である。

 現役女子高生マンガ家として活躍するゆいこは村上の回想によれば少なくとも中学生の頃からマンガを描いている。ただ、同時にゆいこが(というより花月橋るるが)高校生だったことに驚いているため、花月橋るるが現役の女子高生であることは明かされてはいないらしい。
 そんなゆいこは、だが、村上が憧れるような恋愛を描きながら自分自身は恋をしたことがなかった。よく言われるように、マンガや小説が宇宙や異世界を舞台にしているからといってその作者が実際に宇宙や異世界で行ったことがあるわけではない。同様に、胸を焦がすような純愛やニヤニヤが止まらないようなラブコメを描いているからといって作者が実際にそういう恋愛をしているとは限らない(もちろん宇宙や異世界へ行くよりかは現実的であるため、そういう恋愛をしていないとも言い切れない)。だから、ゆいこが恋愛未経験だとしても何の不思議もない。「私の漫画待ってくれてる人がいるんだから」(p.39)と言うゆいこ=花月橋るるは読者が望む物語を、いや、望外に幸せな物語を読者へ届けたいがために「純粋で一途な恋愛」(p.28)を描いている。それがゆいこ=花月橋るるの矜持であり、才能であり、努力の結果なのだろう。

『俺のぱんつが狙われていた。』第3巻p.39

 しかし、人がいつ何時恋に目覚めるかは誰にもわからない。それは数々の恋愛を描いてきたであろうゆいこにも当てはまる。ゆいこは村上がひいろを想いながらもこのみにも惹かれていることを見抜き、その事実を村上に突きつけた。それはゆいこが作家としての観察眼で村上を見て、自身の作品で描いてきた恋愛の論理と照らし合わせた結果だろう。そのゆいこが、このみの奇癖を目の当たりしたことを契機に、自身が信じる恋愛感と矛盾した恋愛に荷担するようになる。その様子をとても丁寧に、それこそ花月橋るるの描くマンガのような純粋さで描いているのが3巻の主題のひとつだ。
 ゆいこは当初こそ彼女が心のよりどころとするファンレターを送った村上が自分のマンガと正反対の動きをしていることに苛立ち、辛く当たる。だが、好きの反対は嫌いではなくて無関心と言うように、村上に負の感情を抱いてしまったゆいこはいつしか村上に別種の感情を持つようになる。

『俺のぱんつが狙われていた。』第3巻p.93

「ああ おかしい どうでもいい 興味なんてないはずなのに」「こいつのことを もっと知りたいと思ってる」(pp.93-94)

 恋をしたことのなかったゆいこが恋に落ちる瞬間。それは自分のマンガで何度も描き、読者へ送り続けてきた恋愛と遜色のないときめきを『俺ぱん』の読者にもたらす。
 そして、やはりというか、ゆいこは作家である。そんなときでも冷静に自分を見つめ、自分を分析し、自分に何が起こっているか、何が起ころうとしているかを把握しようとする。その答えを、ゆいこは自分の中に見つける。

『俺のぱんつが狙われていた。』第3巻p.102

「初めて感じるこの気持ちがなんなのか 私はもう 知ってる気がする」(pp.101-102)

 少女マンガ家である以前にひとりの少女でもあるゆいこは、恋が必ずしも自身の描くマンガのようにきれいな形をしているとは限らないことを今初めて知る。それがゆいこと花月橋るるの新しい輪郭を形作るようになるとはなんとも皮肉な話だ。けれども、恋とは得てしてそういうふうに皮肉で滑稽なものなのかもしれない。

 『俺のぱんつが狙われていた。』という作品の魅力は、村上のぱんつがあるところなら神出鬼没のこのみが巻き起こす珍事にだけあるでのはない。村上とひいろの早く付き合っちゃえよ! と思うようなくすぐったいやりとりにだけあるのでも、ましてや親友のひいろにぞっこんラブな香林咲野の百合恋にだけあるのでもない。村上が恋愛のバイブルにしているマンガの作者が初めての恋を他ならぬ村上にすること。恋のライバルが続々と現れることに危機感を抱き、「恋は盲目」という言葉がぴったりな勘違いをして空回りをする女の子がいること。村上とぱんつ娘には秘められた恋のきっかけがあること。それらが重層的に絡み合って『俺のぱんつが狙われていた。』という物語を紡いでゆく。村上が、このみが、ひいろが、サキが、そしてゆいこが4巻でどんな結末を迎えるのか予想もつかないが、『俺ぱん』がこの上ない純愛物語としてずっと胸に留まり続けるマンガになることだけは容易に想像できるのだ。

 ところで。

『俺のぱんつが狙われていた。』第2巻p.121

 ゆいこが転入のあいさつをしたときにサキが微妙な表情をしていたのは、サキがゆいこのねこかぶりを見抜いていたからだったことが3巻では語られている。こーりんさんはただの百合っ娘ではなかったのね。

『俺のぱんつが狙われていた。』第2巻p.140

 3巻のカバーでゆいこが胸に抱いている手紙には2巻でゆいこが破きかけた跡がある。村上からの手紙がゆいこの村上への想いや行く末を示しているようでなんとも切ない。

【出典】
・深山おから 『俺のぱんつが狙われていた。』第3巻、アスキー・メディアワークス<電撃コミックスNEXT>、2015/6/27発行
俺のぱんつが狙われていた。 | 月刊コミック電撃大王公式サイト→試し読みあり。
俺のぱんつが狙われていた。 / 深山おから - ニコニコ静画 (マンガ)→2話以降も更新されるそう。
kirazu | 創作同人サークル→サークルのサイト

【関連記事】
骨の髄まで愛してる、もとい、ぱんつのゴムまで恋してる。 深山おから『俺のぱんつが狙われていた。』第1巻(2014/1/25追記)
ぱんつ娘の悲痛な決意とガチ百合っ娘の遠大な野望に僕らは悶える。 深山おから『俺のぱんつが狙われていた。』第2巻(2014/10/26追記)
ぎにゅうは必要悪! ちっぱいは正義! kirazu『ぎにゅうのあの子はちっぱいがーる』『ぎにゅうのあのこはちっぱいがーる2』
ちっぱいあの子はぎにゅうがーる再び! kirazu『ぎにゅうのあの子はちっぱいがーるのまとめ』
俺ぱんの原点を見よ! ぱんつを巡るもう1つの物語。 kirazu『俺のぱんつが狙われていた~村田くんと柚子ちゃん~』
私のちくびが狙われていた。チョロい後輩と頭のおかしい先輩の乳首を巡る抱腹絶倒の百合コメディ! kirazu『センパイ、おかしなこと言わないで!』
心が洗われるような素晴らしさ! 「10秒見つめ合えれば恋人になれる」という説を信じた猫目の女の子と憧れの委員長との百合コメ4コマ kirazu『君を10秒見つめたい』

« 我々は今、ひとりのおねえちゃんとひとりの女子高生がそれぞれの百合恋に落ちる瞬間の目撃者になる。 伊藤ハチ『小百合さんの妹は天使』第2巻 | トップページ | 大量の蔵書を抱える本好きならば一度は気にしたことのある疑問に対し、古今東西の蔵書家を巡り書籍電子化の現実を経て、やがて予想もしなかった結末を迎えた著者による本にまつわる奮闘記 西牟田靖『本で床は抜けるのか』 »

マンガ」カテゴリの記事

商業誌」カテゴリの記事

感想」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 我々は今、ひとりのおねえちゃんとひとりの女子高生がそれぞれの百合恋に落ちる瞬間の目撃者になる。 伊藤ハチ『小百合さんの妹は天使』第2巻 | トップページ | 大量の蔵書を抱える本好きならば一度は気にしたことのある疑問に対し、古今東西の蔵書家を巡り書籍電子化の現実を経て、やがて予想もしなかった結末を迎えた著者による本にまつわる奮闘記 西牟田靖『本で床は抜けるのか』 »

最近の記事

twitter

無料ブログはココログ