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2015/04/10

好きな作品を好きと言うことの嬉しさと愛する作品を愛し続けることの難しさを僕らはイタいほど知っている――同人を愛好するすべての人へ向けた応援歌 赤井吟行『僕らはイタい生き物だ。』第3巻(完結)

『僕らはイタい生き物だ。』第3巻

 オタクという生き方を理解せずオタクを嫌悪すらしていた誓という脳筋のテニス少年が、『ワンダブルス』というテニスゲームの二次創作同人誌を作るようになるまでを描いた物語。『僕らはイタい生き物だ。』という作品を一言で説明するならそうなるが、そんな簡単な言葉では表せないほどの奥深さをこのマンガは持っている。
 以降ではこのように感じた理由を3つ挙げてみたい。

 理由の1つ目は主人公の誓にある。
 当初はオタクに理解を示さずオタクを唾棄すべき存在と見なしていた誓。ハイジやジュリー、さやえんどうといったオタクな人物たちのいずれかに自分を重ね合わせて読者の中には、主人公でありながらオタクである読者を挑発するような彼の言動に反感を抱いたこともあるだろう。そんな彼はしかしハイジとの売り言葉に買い言葉から闘争心に火をつけられ、相手の土俵、すなわち同人誌でハイジと勝負するためオタクの世界に飛び込むことになる。
 誓はそれまで彼のすべてだったテニスになぞらえてオタクや同人誌に馴染んでゆく。誓はオタクたちの間で新たな信頼関係を築き、かつてテニスで培った人間関係を再確認する。きっかけや程度はどうであれ誓が歩んだ道のりは今オタクを自認する人々がいつか辿った道だ。誓は自分とは違うと思い込んでいたオタクにいつの間にか染まってゆくが、読者は自分とは違うと思い込んでいた誓にいつの間にか自分を重ねるようになるだろう。1巻で誓は『ワンダブルス』のとあるキャラに自分を重ねオタクに開眼(?)するが、読者は誓に自分を重ね二度目のオタク開眼を果たすだろう。まったくその物語展開は見事というほかはなく、作者の高い力量を感じずにはいられない。

 2つ目の理由としては『ワンダブルス』という作中作の存在を挙げたい。
 マンガやアニメにもなっている『ワンダブルス』はテニスを題材にしたRPGである。ヒロインのハイジやその友人のさやえんどう、2巻から登場したツバサは『ワンダブルス』の二次創作同人作家として活動し、テニスバカだった誓は『ワンダブルス』をきっかけに同人の道へ入ることになる。彼らは『ワンダブルス』の物語に涙を流し、その良さを雄弁に語り、自分の人生の一部を見出す。そういう意味では『ワンダブルス』は単なる作中作ではなく、『僕らはイタい生き物だ。』という物語の屋台骨、通奏低音と言ってもいいかもしれない。
 ところで、単行本3巻の帯にも引用されている「オタクだったらせめて執着しろよ」という作中の台詞はいわゆるオタクが発したものではない。具体的に誰がというのはここでは明かさないが、オタクを理解しようと情熱を注ぎ込む人物に執着する人物が発したものだ。言うまでもなくオタクとは基本的に執着する生き物である。オタクとはたとえ絵に描いたような人並みの幸せを二の次にしても普通の人生を諦めたりしても、好きな作品に入れ込み愛するキャラに熱を上げる人間である。だから自分が見えていない。自分を理解していない。あるいは我を忘れている。そんなオタクに対してオタクがどういう存在であるかをオタクではない人間が指摘する。自分が執着する人間が執着するオタクという存在に少しでも通じようという執念がオタクの何たるかを痛切に語らせる。

『DRAGON QUEST -ダイの大冒険-』第28巻pp.38-39より

 この台詞に連なる話を読んだとき、『DRAGON QUEST -ダイの大冒険-』(原作・三条陸、作画・稲田浩司/集英社)の28巻にあったある台詞を思い出していた。主人公のダイが師アバンの仇であったハドラーを死闘の果てに打ち負かした直後、狡猾な悪魔であるキルバーンの罠にダイとハドラーは嵌められてしまう。ダイの頼もしい仲間であるポップが2人を助けに入ったものの、罠からの脱出は叶わずダイとポップは絶望の淵に立たされる。そうしてダイとポップが諦めかけたとき、敵であるはずのハドラーがまるでアバンであるかのように2人を叱咤し、2人を奮い立たせるのだ。
 作者が『ダイの大冒険』に通暁していて影響を受けたのではないか、ということを言いたいのではない。ここで言いたいのは『僕らはイタい生き物だ。』が『ワンダブルス』という作中作の二次創作を巡る物語であるように、『僕らはイタい生き物だ。』という作品自体がこの世に存在するあらゆる作品、これから生み出されるであろうあらゆる作品に対する二次創作の念を持って描かれているのではないか、ということだ。もちろん『僕らはイタい生き物だ。』は一次創作であるし、未来の作品で二次創作を描くことなどできようはずもない。そのためここでの結論としては、『僕らはイタい生き物だ。』は『ワンダブルス』という作中作を描くことで、二次創作そのもの、二次創作を生み出す作家、二次創作を享受する読者(視聴者)など二次創作に関わるすべての人に愛を叫んでいる、と言うに留める。

『僕らはイタい生き物だ。』第1巻p.76より 1巻p.76より。身に覚えがある?

 そして3つ目。詰まるところ『僕らはイタい生き物だ。』のいちばんの持ち味は読者との共鳴なのだと思う。「うわあああ……」となるような黒歴史を想起させる描写に、胸のイタみと胃の痛みを引き起こす出来事の数々。心の作品(心の友のノリで)との邂逅を思い出させる描写に、思わず胸が熱くなるような出来事の数々。それらをこのマンガはオタクの対岸にいたはずの誓とオタクの鑑であるハイジを始め、若いオタクたちの成長物語として昇華している。その手腕は本当に見事というほかはなく、作者の高い力量を感じずにはいられない。大事なことなので2度言いました。

 我々オタクという生き物は好きな作品を好きと言うことの嬉しさと愛する作品を愛し続けることの難しさをイタいほど知っている。それゆえに好きな作品と好きな作家を応援せずにはいられない。愛するキャラも時には愛せないキャラも応援せずにはいられない。そんな僕らを逆に応援してくれるのが『僕らはイタい生き物だ。』という作品、赤井吟行という作家、誓やハイジを始めとした登場人物たちではないだろうか。『僕らはイタい生き物だ。』はオタクというイタい生き方をする僕らへの応援歌だ。

 もうちっとだけ続くんじゃ。
 二次創作を題材にした本と言えば、昨年末に『CIRCLES' vol.3 二次創作を前向きに話そう』(感想)という誂え向きの1冊が登場した。同人サークル「Circles' Square」が頒布しているこの同人誌は作家、読者、そして同人ショップの店員という三者それぞれの視点から二次創作に迫っていて、二次創作が好きな人だけでなく二次創作を手に取ったことのない人も楽しめる内容となっている。二次創作への熱い想いと愛に溢れているという意味でこの同人誌は『僕らはイタい生き物だ。』と相通じるものがあり、両者を合わせて読んだときの楽しさは計り知れないと思う。是非合わせて読もう。是非。

【出典】
・赤井吟行 『僕らはイタい生き物だ。』第3巻、アスキー・メディアワークス<電撃コミックスNEXT>、2015/3/27発行
mugitea→作者のサイト
僕らはイタい生き物だ。 - pixivコミック→連載完結

【参考文献】
・原作・三条陸、作画・稲田浩司 『DRAGON QUEST -ダイの大冒険-』第28巻、集英社<ジャンプコミックス>、1995/7/9発行
・シアン、かつゆー 『CIRCLES' vol.3 二次創作を前向きに話そう』 Circles' Square、2014/3/16発行

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